豊臣兄弟!28話「急げ!秀吉」のあらすじを解説。
28話では備中高松城攻めをしていた秀吉が「中国大返し」で尼崎城まで到着。
京にいた小一郎は、兄・秀吉と尼崎で合流し、謀反人・明智光秀を討つ覚悟を改めて強くします。
本能寺の変ののち、山崎の戦いが始まるまでの羽柴・明智両軍の動きが詳しく描かれることになるでしょう
▼第28話「急げ!秀吉」(2026年7月19日放送予定)のポイント
・信長に続いて信忠も討死に
・光秀は信長と信忠の首と共に小一郎の行方も探す
・「中国大返し」で畿内に帰ってきた秀吉は尼崎で小一郎と合流
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第29話|天下への道
第28話|(本記事)
第27話|本能寺の変
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豊臣兄弟!28話の結論
・信長に続いて信忠も討死
・光秀は信長と信忠の首を探すと共に小一郎の行方も探す
・中国大返しで畿内に帰ってきた秀吉は尼崎で小一郎と合流
・与一郎も山崎の戦いへの出陣を慶に願い出る
→ 織田信長の最期
→ 織田信忠の最期
→ 明智光秀はなぜ織田信長を裏切ったのか?
→ 本能寺の変とは?明智光秀はなぜ織田信長を裏切ったのか?
→ 山崎の戦いとは?戦局と戦闘の推移を解説
→ 羽柴与一郎はその後どうなる?
豊臣兄弟!28話のあらすじ
織田信長・信忠の首を必死に探す明智光秀
1582(天正10)年6月2日早朝、本能寺の変で明智光秀(要潤)に襲撃された織田信長(小栗旬)が自害(第27話「本能寺の変」)。
謀反人の光秀は自分の正統性を示すために、信長とその息子・信忠(小関裕太)の遺体を探し出すよう、斎藤利三(内藤剛志)をはじめとした家臣たちに厳命しますが、なかなか見つかりません。
→ 明智光秀はなぜ織田信長を裏切ったのか?
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与一郎の出陣
さらに明智光秀が探していたのは、信長・信忠親子の首だけではありません。京に潜んでいると見られる小一郎(仲野太賀)の一行たちも追っていました。
小一郎らによって本能寺の変が、備中高松で毛利攻めに従事している秀吉(池松壮亮)らに知らされることになれば厄介です。
しかし小一郎・浅野長吉(大地伸永)・藤堂高虎(佳久創)らは、吉祥(鶴田真由)が営む遊女屋に身を潜めるなどして、京からの脱出に成功。長吉は長浜城にいる羽柴家の人たちに本能寺で起きた一大事を知らせることに。
その知らせを聞いた羽柴与一郎(大西利空)は慶(吉岡里帆)に向かって、父・小一郎らと共に出陣させてほしいと願い出ます。
→ 吉祥(きっしょう)とは誰?
→ 羽柴与一郎とは?
→ 羽柴与一郎はその後どうなる?
羽柴秀吉と小一郎は山崎の戦いへ
一方、京を脱出して西に向かった小一郎は、「中国大返し」で畿内に戻ってきた秀吉の軍勢と摂津の尼崎城で合流。
兄弟が揃った秀吉と小一郎ら羽柴軍は、謀反人・明智光秀を討つ決意を改めて強くするのでした。のちにいう山崎の戦いの始まりです。
→ 明智光秀はなぜ織田信長を裏切ったのか?
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豊臣兄弟! 28話 重要ポイント
明智光秀が信長と信忠の首を必死で探す理由
織田信長・信忠親子を討ち取った明智光秀が、その首や遺体を必死で探し出そうとする理由は、自分の正統性を確保するためです。
たとえ彼らを討ち取ることに成功しても、首や遺体など目に見えるものがなければ、織田家の配下武将たちは、光秀に味方しなくなる恐れがあります。
そして史実では、光秀が頼りにしていた細川藤孝・忠興親子や筒井順慶などは、最後まで味方することはありませんでした。
与一郎の出陣から始まる豊臣秀長の後継者問題
長浜城で本能寺の変を知った与一郎は、母・慶に向かって出陣をさせてもらえるよう願い出ます。
本能寺の変や山崎の戦いをテーマにしたドラマは数多く存在しますが、明智光秀討伐のために豊臣秀長の嫡男が出陣するというシーンは、史上初のことではないでしょうか。
しかし与一郎の出陣は、のちに豊臣秀長の後継者問題という家の存続に関わる一大事に発展。
そういう意味で「豊臣兄弟!」ならではの山崎の戦いが描かれることが期待されるでしょう。
史実の小一郎は兄・秀吉ともに「中国大返し」をしていた
「豊臣兄弟!」の小一郎は、尼崎城で兄・秀吉と合流することになっています。
しかし、史実の羽柴小一郎長秀(のちの豊臣秀長)は、備中高松から山崎に至るまで、全て兄・秀吉に帯同していたと考えられるでしょう。
豊臣兄弟!28話の背景となる史実
歴史的状況
「豊臣兄弟!」の28話「急げ!秀吉」は1582(天正10)6月2日早朝から、同年6月11日ごろまでの時代が背景となっています。
本能寺の変において織田信長・信忠親子を殺害した明智光秀は、事件後に自身の軍勢を三手に分けました。
- 近江坂本城の守備固め
- 京の進駐
- 安土城の占領
三手に分けた軍勢のうち、純粋に軍事行動を目的としていたのは、1の坂本城防衛だけでした。
2の京の進駐と3の安土城の占領は、朝廷や織田家中に対して自らの正統性を示す政治的な意味合いが強かったと考えられます。
こうして見ると、戦巧者と呼ばれた明智光秀が、本能寺の変を起こしたのちに最も警戒していた勢力とは、北陸地方で上杉攻めをしていた筆頭家老の柴田勝家だったのでしょう。
備中高松で毛利と対峙していた羽柴秀吉が、わずか10日ほどで摂津と山城の国境にまで戻ってくるなど、計算に入っていなかったと見えます。
豊臣兄弟の立場
羽柴秀吉が「信長の訃報」に初めて接したのは、6月2日夜半から3日にかけてのころであったと考えられています。
なぜなら翌日の6月4日には備中高松城の城主・清水宗治を切腹させることなどを条件として、毛利方と講和することに成功したからです。
続く6月5日と6日にかけて、中国攻めに従事していた羽柴軍のほぼ全軍が高松から撤収。
以降は、
- 6月6日夜半: 備中の沼城に到着
- 6月7日: 播磨の姫路城に到着
- 6月11日: 摂津の尼崎城に到着
- 6月12日: 摂津の富田で軍議を開催
というスケジュールで、事件発生からからわずか約10日ののちに、摂津と山城の国境にある山崎(現在の京都府大山崎町)で明智光秀の軍勢と対峙することになります。
一連の秀吉の行動は、日本史上でも屈指の軍事行動で知られる「中国大返し」として有名です。
今後の影響
「中国大返し」をした秀吉が、山崎の戦いで明智光秀に勝利したことは、誰もが知るところです。
しかし、山崎の戦いは後世の日本人が考えるほど、秀吉が光秀を容易に打ち破った戦いではありません。
羽柴勢は明智勢の約3倍の兵力があったと言われていますが、明智勢に比べて「寄せ集め」という性格が強かったからです。
加えて光秀は、大軍が一斉に行動できない、山崎の地をわざわざ選んで待ち構えていました。
豊臣兄弟! 28話の注目人物
28話の注目人物は明智光秀・織田信忠・織田信澄・羽柴与一郎・吉祥です。
明智光秀: 本能寺の変の首謀者
明智光秀は決起する決意を固め、京の本能寺に宿泊中していた織田信長を大軍でもって襲いました。
斎藤利三とは誰?本能寺の変で光秀に従った家臣
斎藤利三とは、明智光秀の重臣です。「光秀の右腕」とも呼ばれるほど、知勇を兼ね備えた武将であったと言われています。
織田信忠: 本能寺の変ののち二条御所で自害
本能寺で父・信長が襲われた織田信忠は二条御所に立て籠もりますが抵抗敵わず自害。
織田信澄: 本能寺の変に呼応して決起
明智光秀の謀反に応える人物として、信長の甥・織田信澄も決起しますが、悲劇的な運命が待ち受けています。
織田信孝: 織田信澄を襲撃
四国攻めを控えていた、信長の三男・織田信孝は急きょ行動を変更し、大坂城にいた従兄弟にあたる織田信澄を攻撃し始めます。
丹羽長秀: 織田信澄を襲撃
四国攻めを控えていた、丹羽長秀は、信長の三男・織田信孝と共に急きょ行動を変更し、大坂城にいた従兄弟にあたる織田信澄を攻撃し始めます。
羽柴与一郎: 慶に出陣を願い出る
羽柴与一郎は慶の許しを得て出陣。しかしこのことは、のちに家の存続に関わる一大事に発展します。
吉祥(きっしょう):小一郎の敵か?味方か?
吉祥(きっしょう)は京で遊女屋を営む女将です。
その遊女屋は、小一郎が明智の追っ手から逃れるための潜伏先ですが、果たして吉祥は小一郎の味方でしょうか?それとも明智光秀のスパイでしょうか?
豊臣兄弟! 28話の歴史的事件
28話に関わる歴史的事件は、織田信長が明智光秀によって殺害された本能寺の変と、それに続いて羽柴秀吉と明智光秀の間で起こった山崎の戦いです。
→ 本能寺の変とは?明智光秀はなぜ織田信長を裏切ったのか?
→ 山崎の戦いとは?戦局と戦闘の推移を解説
よくある質問(FAQ)
Q. 「豊臣兄弟! エピソード28」とは?
A. 「豊臣兄弟! エピソード28」とは、第28話のことです。
Google検索や配信サービスでは「エピソード28」と表記されることがあります。
Q. 豊臣兄弟!28話では何が描かれる?
A. 本能寺の変が起きたのち、山崎の戦いがおこるまでの過程が描かれます。
Q. 豊臣兄弟!28話は史実ではいつ頃?
A. 1582(天正10)年6月2日から同年6月11日までの時期が描かれています。
本能寺の変が起きたのち、山崎の戦いがおこるまでの時期です。
Q. 明智光秀はなぜ信長の首を探したのですか?
A. 明智光秀は、本能寺の変で織田信長と信忠を討ったことを天下に示す必要がありました。そのため信長・信忠の首や遺体を探し、自らの正統性を証明しようとしたと考えられています。
Q. 中国大返しとは何ですか?
A. 備中高松城を包囲していた羽柴秀吉が、本能寺の変の知らせを受けて毛利氏と講和し、わずか約10日間で畿内へ引き返した軍事行動です。日本史上でも有名な機動作戦として知られています。
Q. 羽柴与一郎は山崎の戦いに参加したのですか?
A. 「豊臣兄弟!」では与一郎が出陣を願い出る様子が描かれます。史実でも与一郎は山崎の戦いに従軍したと考えられており、その後の運命は豊臣秀長家の後継者問題に大きな影響を与えることになります。
Q. 山崎の戦いはいつ始まるのですか?
A. 山崎の戦いが行われたのは1582(天正10)年6月13日です。「豊臣兄弟!」の28話「急げ!秀吉」では戦いの前夜までが描かれ、実際の合戦は次回の29話「天下への道」で描かれます。
Q. 豊臣兄弟!28話の見どころは何ですか?
A. 最大の見どころは、中国大返しを成功させた秀吉と、京を無事脱出した小一郎の再会です。
また、与一郎の初陣や、信長・信忠の首を探し続ける明智光秀の焦りなど、山崎の戦い直前の緊迫した状況にも注目です。
豊臣兄弟!ネタバレ最終回と全話あらすじ
豊臣兄弟!あらすじ全話まとめ
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新話から1話までのあらすじ・ネタバレ・月別の流れを整理したい方は、下記の記事を参考にしてください。
→ 豊臣兄弟!あらすじ全話まとめ|最新話までの流れを簡単解説
豊臣兄弟!最終回までのネタバレ
「豊臣兄弟!」の最終回までの流れや、本能寺の変・山崎の戦い・賤ヶ岳の戦いなど今後の展開については、下記の記事で詳しく解説しています。
→ 豊臣兄弟!ネタバレ最終回まとめ|本能寺の変から豊臣秀吉の天下統一まで解説
参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考文献としています。
- 八津弘幸 豊臣兄弟! 後編 (NHK大河ドラマ・ガイド) NHK出版
- 桑田忠親 豊臣秀吉研究 上 角川選書クラシックス (角川選書 1402)
- 太田牛一(著) 中川太古(翻訳) 現代語訳 信長公記 (新人物文庫) 中経出版
- 黒田基樹 羽柴秀吉とその一族 秀吉の出自から秀長の家族まで (角川選書)
- 柴裕之(編著)豊臣秀長 (シリーズ・織豊大名の研究) 戎光祥出版
