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豊臣兄弟!34話あらすじ|秀吉が大坂城を築き始める 小一郎が家康の動向を警戒

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「豊臣兄弟!」34話のあらすじを解説。

34話では、自ら政治を動かすようになった羽柴秀吉(池松壮亮)が、その権威の象徴となる絢爛豪華な大坂城の築城に取り掛かります。

一方、小一郎(仲野太賀)は秀吉のもとへあいさつに訪れない徳川家康(松下洸平)の動向を危ぶむことに。

史実でも賤ヶ岳の戦い(1583年4月)に勝利した秀吉は大坂城の築城を開始する一方、織田家の名代である織田信雄との関係を次第に悪化させていきました。

やがてその信雄は徳川家康と手を結び、秀吉と激突する小牧・長久手の戦い(1584年3月)へと向かいます。

▼第34話(2026年9月6日放送予定)のポイント

・秀吉(池松壮亮)が自ら政治を動かすようになる
・権威の象徴として大坂城の築城を開始
・小一郎があいさつに来ない徳川家康(松下洸平)の動向を警戒
・秀吉と家康・織田信雄(山脇辰哉)の対立が次第に表面化

▼来週(最新話)・今週・先週のあらすじ

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→ 豊臣兄弟!最終回までの全話ネタバレまとめ
→ 豊臣兄弟!全話あらすじ一覧と結末の流れ

目次

豊臣兄弟!34話の結論

・秀吉(池松壮亮)が自ら政治を動かし大坂城の築城に取り掛かる
・小一郎(仲野太賀)が大大名である徳川家康(松下洸平)の動向を危険視する
・秀吉と家康・織田信雄(山脇辰哉)の対立が次第に表面化
小牧長久手の戦いでの対決につながる

豊臣兄弟 織田信雄(山脇辰哉)とは?
織田信雄とは?羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)との関係
豊臣兄弟 小牧長久手の戦いとは?
小牧長久手の戦いはなぜ起きたのか?

※「豊臣兄弟!」34話のあらすじは、2026年8月24日発売の「月刊ザテレビジョン 2026年10月号」に掲載された内容に基づいて作成しています。

豊臣兄弟!34話のあらすじ

秀吉が大坂城の築城に取り掛かる

賤ヶ岳の戦いで柴田勝家(山口馬木也)とお市(宮﨑あおい)を破った羽柴秀吉は、自ら政治を動かすようになります。

そして羽柴秀吉(池松壮亮)は、自らの権威を象徴する絢爛豪華な大坂城の築城に取り掛かることになりました。

賤ヶ岳の戦いとは?
柴田勝家の最後
お市の最後

小一郎が家康の動向を危ぶむ

一方、小一郎(仲野太賀)は徳川家康(松下洸平)の動きを警戒。

かつて織田信長(小栗旬)と同盟関係にあった家康は、織田家の実質的なNo.1である秀吉のところにあいさつに訪れようとしないからです。

今や家康は三河・遠江・駿河・甲斐・信濃5カ国を領地に持つ大大名です。家康の動向によっては天下の形勢が変わるかもしれないことを、小一郎は危ぶむのでした。

次回: 豊臣兄弟!35話あらすじへ

豊臣兄弟!34話の重要ポイント

大坂城は秀吉の権威の象徴

34話では、羽柴秀吉が大坂城の築城に取り掛かります。

大坂城は単に秀吉が暮らすための巨大な城ではありません。

本能寺の変で織田信長が亡くなった後も、安土城が「織田家の政庁」として機能していました。

しかし賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破った秀吉は、織田家の家臣という立場を超えて自ら天下の政治を動かそうとします。

その新しい政治の中心、つまり「天下の政庁」として築かれることになったのが大坂城でした。

大坂城の築城は、秀吉が「織田家の宿老」から独立して天下人へと歩み始めたことを象徴する出来事だったと言えるでしょう。

池田恒興が大坂の地を秀吉に明け渡す

秀吉による大坂城築城を史実から考えるうえで重要な人物の一人が池田恒興(堀井新太)です。

池田恒興は織田信長の乳兄弟として知られる織田家の重臣です。

本能寺の変で織田信長が死去した後は、山崎の戦い・清須会議・賤ヶ岳の戦いなどで一貫して秀吉を支持しました。

賤ヶ岳の戦い後、秀吉が大坂城の築城を構想すると、恒興はそれまで領有していた摂津大坂の地を秀吉に明け渡し、自らは美濃大垣へ国替えとなります。

つまり秀吉による大坂城築城の背景には、秀吉を支持してきた池田恒興の協力もありました。

豊臣兄弟! 池田恒興(堀井新太)とは?
池田恒興とは?豊臣秀吉との関係や功績を解説

家康があいさつに来ないことは何を意味する?

また34話では、小一郎が「あいさつに訪れない家康」の動向を危ぶみます。

この場面で重要なのは、家康が単に礼儀を欠いているという話ではないことでしょう。

賤ヶ岳の戦いに勝利した秀吉は織田家内部で最大の実力者となり、自ら天下の政治を動かし始めます。

「信長の後継者」を自称する秀吉に対し、かつて信長と盟約を交わした家康が出向かないということは、少なくとも家康が秀吉の権威に簡単には従おうとしていないことを示す描写と考えられます。

こうした家康の秀吉に対する緊張関係は、35話における小牧長久手の戦いへとつながっていきます。

小牧長久手の戦いはなぜ起きた?

次回: 豊臣兄弟!35話あらすじへ

豊臣兄弟!34話の背景となる史実

歴史的状況

豊臣兄弟!34話では、1583(天正11) 年4月に起きた賤ヶ岳の戦いののちから、翌1584(天正12)年3月に始まる小牧・長久手の戦いへ向かう時期が背景となります。

賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破った羽柴秀吉は、織田家内部で最大の実力者となりました。

しかし、この時点で秀吉が正式に織田家の当主になったわけではありません。

・当主: 三法師
・名代: 織田信雄
・宿老: 羽柴秀吉

三法師は幼少であるため形式上の当主にすぎません。

その三法師が元服(成人)するまでの間、「暫定的な織田家の当主」が名代の織田信雄で、信雄による実質的な政務を秀吉が補佐するという体裁です。

つまり形式上、秀吉の立場は「織田家のNo.3」です。

ところが秀吉は賤ヶ岳の戦いの論功行賞などを独断で行うなど、次第に信雄の意向とは関係なく政治を動かすようになります。

「織田家の政庁」である安土城を廃城にして、池田恒興から譲られた大坂の地で巨大な城を築き始めるなど、羽柴秀吉は織田家の権威を飛び越えて独自の政治権力を築き始めました。

三法師とは?織田信長の嫡孫
織田信雄とは?羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)の関係
池田恒興と豊臣秀吉の関係とは?

豊臣兄弟の立場

「名代」として織田家の実質的な当主である織田信雄にとって、自分の頭越しに天下の政務を執り始める「宿老・秀吉」の存在が面白いはずがありません。

両者の仲は次第に険悪なものとなり、「家忠日記」の1583(天正11)11月20日のくだりには「信雄が畿内で切腹をした」という記述が登場するなど、不穏な噂が世間に出回る始末でした。

しかし1584(天正12)年の初頭までは、両者の対立は表面化することなく、とりあえず外見上は協調の姿勢を見せていたようです。

今後の影響

しかしこうした表面的な協調姿勢は長く続きません。

1584(天正12)年3月6日、織田信雄はそれまで秀吉との取次(外交)を担当していた、

・津川雄光(つがわかつみつ)
・岡田重孝(おかだしげたか)
・浅井長時(あざいながとき。または浅井田宮丸)

の「三家老」が秀吉に取り込まれたと判断し誅殺。

しかも、信雄は彼らを殺害する前に徳川家康を味方として引き入れており、同年3月9日に家康が尾張の清須城に入城。織田信雄と徳川家康は、秀吉に軍事力で対抗するための連合軍を形成することになりました。

世にいう小牧長久手の戦いの始まりです。

小牧長久手の戦いはなぜ起きた?

次回: 豊臣兄弟!35話あらすじへ

豊臣兄弟!34話の注目人物

34話の注目人物は羽柴秀吉・小一郎・徳川家康です。

また、史実における大坂城築城の背景を知るうえでは池田恒興も重要な人物です。

羽柴秀吉:大坂城の築城を開始

羽柴秀吉は賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破り、織田家内部で最大の実力者となりました。

34話では自ら政治を動かすようになり、その権威の象徴となる大坂城の築城に取り掛かります。

小一郎:徳川家康の動向を警戒

小一郎は羽柴秀吉の弟で、のちの豊臣秀長です。

34話では、秀吉のもとへあいさつに訪れようとしない徳川家康の動向を危ぶみます。

豊臣秀長とは?
豊臣秀長の年表

織田信雄: 織田家の中で秀吉と対立

織田信雄は織田家の名代で、幼少の三法師が成人するまでの間の暫定的な織田家当主です。

織田家の筆頭家老である羽柴秀吉と政治的に対立するようになります。

豊臣兄弟 織田信雄(山脇辰哉)とは?
織田信雄とは?羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)との関係

徳川家康:秀吉のもとへあいさつに来ない

徳川家康は織田信長と長年にわたって同盟関係を結んでいた戦国大名です。

34話では秀吉のもとへあいさつに訪れず、小一郎からその動向を警戒されます。

池田恒興:大坂城築城を支えた織田家重臣

池田恒興は織田信長の乳兄弟で、本能寺の変後は秀吉を支持した織田家の重臣です。

史実では秀吉が大坂城を築城する際、それまで領有していた摂津大坂の地を秀吉に明け渡しました。

さらに小牧・長久手の戦いでも秀吉方として参戦します。

豊臣兄弟! 池田恒興(堀井新太)とは?
池田恒興と豊臣秀吉の関係とは?

豊臣兄弟!34話の歴史的事件

34話の背景を理解するうえで重要なのが、大坂城の築城と小牧・長久手の戦いです。

大坂城の築城

賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破った秀吉は、摂津大坂の地に巨大な城を築くことになります。

それが大坂城です。

秀吉にとって大坂城は単なる軍事拠点ではなく、自らの権威を示し、天下の政治を行う新たな拠点となっていきました。

34話では、その大坂城の築城に秀吉が取り掛かる様子が描かれます。

小牧・長久手の戦い

小牧・長久手の戦いは、1584(天正12)年3月から11月にかけて羽柴秀吉と織田信雄・徳川家康の間で行われた戦いです。

賤ヶ岳の戦い後に政治的な力を急速に拡大する秀吉と、織田家の名代である信雄との対立が大きな原因となりました。

34話では小一郎が家康の動向を警戒し、次回35話では信雄が家康を後ろ盾として挙兵。

物語はいよいよ小牧・長久手の戦いへ進んでいきます。

小牧長久手の戦いはなぜ起きた?織田信雄・徳川家康が秀吉と戦った理由

よくある質問(FAQ)

Q. 「豊臣兄弟! エピソード34」とは?

A. 「豊臣兄弟! エピソード34」とは、第34話のことです。

Google検索や配信サービスでは「エピソード34」と表記されることがあります。

Q. 豊臣兄弟!34話では何が描かれる?

A. 自ら政治を動かすようになった羽柴秀吉が、その権威の象徴として大坂城の築城に取り掛かります。一方、小一郎は秀吉のもとへあいさつに訪れない徳川家康の動向を危ぶみます。

Q. 豊臣兄弟!34話は史実ではいつ頃?

A. 賤ヶ岳の戦いが行われた1583(天正11)年から、小牧・長久手の戦いが始まる1584(天正12)年に向かう時期が歴史的な背景となります。

Q. 豊臣兄弟!34話の見どころは何ですか?

A. 秀吉が大坂城の築城を開始し、天下人への道を本格的に歩み始める一方、小一郎が徳川家康の動向を警戒するところです。

この秀吉と家康の緊張関係は、次回35話で描かれる小牧・長久手の戦いへとつながっていきます。

Q. なぜ徳川家康は秀吉と戦うことになるのですか?

A. 小牧・長久手の戦いは、単純に秀吉と家康が天下を争って始まった戦いではありません。

賤ヶ岳の戦い後、織田家の名代・織田信雄と宿老・羽柴秀吉の政治的な対立が深まり、信雄が徳川家康を頼ったことで両者の戦いへ発展しました。

小牧長久手の戦いはなぜ起きた?

豊臣兄弟!ネタバレ最終回と全話あらすじ

豊臣兄弟!あらすじ全話まとめ

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新話から1話までのあらすじ・ネタバレ・月別の流れを整理したい方は、下記の記事を参考にしてください。

豊臣兄弟!あらすじ全話まとめ|最新話までの流れを簡単解説

豊臣兄弟!最終回までのネタバレ

「豊臣兄弟!」の最終回までの流れや、本能寺の変・山崎の戦い・賤ヶ岳の戦いなど今後の展開については、下記の記事で詳しく解説しています。

豊臣兄弟!ネタバレ最終回まとめ|本能寺の変から豊臣秀吉の天下統一まで解説

参考文献

今回の記事は下記の書籍を参考文献としています。

これらの本の著者のうち黒田基樹さんと柴裕之さんは大河ドラマ「豊臣兄弟!」の時代考証を担当されています。

著:八津 弘幸, 編集:NHK出版, 監修:NHKドラマ制作班
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著:桑田 忠親
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著:黒田 基樹
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