織田信澄(おだのぶずみ)は、織田信長の甥にあたる戦国武将です。
父は信長の弟・織田信勝(信行)で、のちに明智光秀の娘を妻に迎えたことから、光秀の娘婿としても知られています。
有岡城の戦いでは織田家の有力武将として活躍。しかし本能寺の変によって運命が大きく変わることに。
本能寺の変への直後に信澄は信長の三男・織田信孝と重臣・丹羽長秀に攻撃され、殺害されました。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の織田信澄は、本能寺の変へ向かう物語の中で重要人物として描かれる可能性があります。
▼ 織田信澄 要点まとめ
・織田信長の甥
・父は織田信勝
・明智光秀の娘婿
・有岡城落城後に荒木一族の処理を担当
・藤堂高虎の主君でもあった
・本能寺の変後に信孝・丹羽長秀から攻撃される
・堺で討たれる
この記事では、織田信澄の生涯や本能寺の変との関係、その最期について分かりやすく解説します。
→ 明智光秀はなぜ織田信長を裏切ったのか?
→ 本能寺の変とは?
結論|織田信澄とは?
・織田信長の甥にあたる武将
・明智光秀の娘婿
・有岡城事件後に荒木一族の処理を担当
・藤堂高虎の主君でもあった
・本能寺の変への関与を疑われる
・織田信孝と丹羽長秀に攻撃され自害
→ 明智光秀はなぜ織田信長を裏切ったのか?
→ 本能寺の変とは?
豊臣兄弟!で織田信澄はどう描かれる?
第25話から重要人物として登場
織田信澄(緒形敦)は織田信長(小栗旬)の甥でありながら、明智光秀(要潤)の娘婿という特殊な立場にありました。
第25話「変事の予兆」から第26話「信長を笑わせろ」にかけて描かれる長宗我部外交問題では、信長・光秀双方に関わる人物として登場する可能性があります。
第26話では信澄を巡る騒動が描かれる
第26話「信長を笑わせろ」では、四国政策を巡る対立の中で信澄は、信長から長宗我部元親(礒部寛之)との内通しているという疑いをかけられることに
信長と光秀の関係が悪化する中、その狭間に立たされる人物として描かれることになりそうです。
第27話では信長の毒殺を企てか?
第27話「本能寺の変」において信長が安土城で徳川家康(松下洸平)をもてなすための宴会が開かられます。
ところがその宴会で出された鯉の煮付け料理に毒が入っていることが発覚。
信長は饗応役の光秀を激しく殴りつけますが、結局、真犯人が誰であるかは分かりません。
この「信長毒殺未遂事件」と信澄との関係も現時点では不明です。ドラマが今後どのように描くのか注目されます。
第28話では光秀側として描かれる可能性
第28話「急げ!秀吉」のあらすじでは、信澄が決起して光秀と合流しようとする展開が示されています。
史実では本能寺の変への関与は明らかではありませんが、ドラマでは光秀側として行動する人物として描かれる可能性があります。
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織田信澄とはどんな人物?
織田信長の甥として生まれる
織田信澄(おだのぶずみ)は、信長の弟・織田信勝の子として生まれました。織田信長と織田信澄は伯父と甥の関係です。
父の信勝は信長と対立して命を落としますが、その後の信澄は信長によって養育されます。
成長後は織田一門の有力武将として重用されました。
明智光秀の娘婿になる
信澄は明智光秀の娘を妻に迎えました。
そのため信長の甥でありながら、光秀とは義理の親子関係にあります。
しかし後にこの縁戚関係が、信澄自身の運命を大きく左右することになりました。
津田信澄(つだのぶずみ)という名前について
インターネット上で織田信澄について調べると、「津田信澄(つだのぶずみ)」と表記されることがあります。
また織田信澄は、國學院大学の名誉教授である故・桑田忠親氏の著書「豊臣秀吉研究 上」では、「織田信澄」ではなく「津田信澄」として表記されています。
こうしたことから織田信澄は「津田信澄」として紹介・説明されることがあると考えられます。
藤堂高虎の主君でもあった
丹波攻めで高虎を評価
後に豊臣秀長の重臣となる藤堂高虎は、1574(天正2)年ごろの1年間、織田信澄に仕えていました。
「豊臣兄弟!」の時代考証担当で、「羽柴秀長と藤堂高虎」の著者でもある黒田基樹氏によると、高虎は信澄の配下として丹波攻めに従軍し、籾井城攻めで一番乗りの功名を挙げたあります。
高虎は信澄のもとを去る
この籾井城攻めの戦功によって、高虎に信澄の母衣衆(ほろしゅう)へ取り立てる話も持ち上がりました。
母衣衆とは戦の際には総大将の護衛と伝令を兼ねる騎馬武者のことです。常に主君の側近くに控えているため目につきやすく、出世をしたい武士にとってはまたとない絶好の地位です。
ところが高虎は母衣衆の話を辞退。なぜなら高虎は信澄から母衣衆に引き立てられても、知行が80石のまま据え置かれたからです。
「80石では母衣衆は務まらない」と言って高虎は信澄のもとを退去。
その後1年ほど浪人生活を送り、1576(天正4)年に羽柴小一郎(豊臣秀長)に仕えることになりました。
豊臣兄弟!へつながる縁
実は織田信澄は後に秀長家臣団の中心となる藤堂高虎の元主君でもありました。
そのため「豊臣兄弟!」の物語全体から見ても無関係な人物ではありません。
ちなみに「豊臣兄弟!」の18話「羽柴兄弟!」では、浪人をしていた藤堂高虎が小一郎の前で「以前は磯野員昌(いそのかずまさ)様に仕えていた」と語っています。
史実の藤堂高虎は1573(天正元)年に磯野員昌に仕え、織田信澄が近江国大溝城の城主・磯野員昌の養子に入ったことで、1574(天正2)年に磯野員昌から織田信澄の直臣に転じました。
有岡城事件で荒木一族の処理を担当
有岡城落城後に織田勢の大将として入城
それまで有岡城に籠城していた荒木村重は、1579(天正7)年9月2日に妻のだしや主だった重臣たちに相談もせず逃亡。
その後も城内では抵抗が続きましたが、やがて有岡城は同年11月19日に落城します。
このとき織田信澄は織田勢の大将として有岡城へ入城しました。
村重の妻・だしと一族郎党を捕らえる
有岡城に入城した織田信澄は、城に取り残された村重の一族とその家臣の妻子たちをことごとく捕らえ、牢に閉じ込めました。
「信長公記」によると、信澄は城内にあったすべての櫓に兵を配置し、ものものしい警戒にあたったとあります。
のちに信長の命令によって、村重の妻・だしを筆頭に、一族郎党600人以上が処刑されます。
処刑の前に信澄が落城した有岡城で取った行動は、「裏切った荒木村重とその一族は絶対に許さない」という信長の鉄のような意志を代弁するような行動だったのかもしれません
→ 荒木村重とは誰?
→ 有岡城の戦い(有岡城事件)とは?
→ 村重の妻・だしの処刑とその最期とは?
織田信澄はなぜ討たれた?
本能寺の変への関与を疑われた
1582(天正10)年6月2日早朝、本能寺の変が発生。
信澄は当時、大坂城で四国攻めの準備を進めていました。
しかし義父である明智光秀が謀反を起こしたことで状況は一変します。
光秀の娘婿であったことから、周囲から疑いの目を向けられることになりました。
織田信孝と丹羽長秀が攻撃
ですが信澄自身が本能寺の変に加担した確かな証拠は確認されていません。
当時、大坂には四国の長宗我部元親を攻めるために、その総大将の織田信孝と副将の丹羽長秀がいました。
彼らは四国に渡海する寸前に、本能寺の変で信長が光秀に討たれたという報に接し、信孝と長秀は信澄を危険視し始めたと考えられます。
上述した故・桑田忠親名誉教授の著書「豊臣秀吉研究 上」を読むと、単に彼らは「大坂城の津田信澄(織田信澄のこと)を攻撃した」と説明されているだけで、信澄を攻撃し始めた理由については言及されていません。
いずれにせよ、織田信孝と丹羽長秀は大坂城二の丸の千貫櫓にいた織田信澄に対して攻撃を開始。
豊臣兄弟!では光秀側として描かれる可能性
「豊臣秀吉研究 上」を読む限り、織田信澄には謀反の計画はなく、冤罪だった可能性もあります。
しかし「豊臣兄弟!」では第28話「急げ!秀吉」において信澄が決起し、光秀と合流しようとする展開が示されています。
そのためドラマでは、光秀陣営の一員として描かれ、本能寺の変の直前に安土城で起きた「信長毒殺事件」に加担した真犯人として描かれるかもしれません。
織田信澄の最期
大坂城で自害
実在した織田信澄は大坂城二の丸の千貫櫓にいたところを、織田信孝と丹羽長秀の軍勢によって急襲され殺害されました。
織田信澄を討ち取った織田信孝と丹羽長秀は、摂津国の富田で「中国大返し」で戻ってきた羽柴秀吉の軍勢と合流。
織田信孝は信長の三男ということで、明智光秀と対峙する山崎の戦いにおいて、名目上の総大将に推挙されます(実質上の総大将は羽柴秀吉)。
本能寺の変最大の巻き添え被害者の一人
織田信澄は本能寺の変に本当に関与していたかどうか疑わしいと言えるでしょう。
それにもかかわらず、「若き日の信長のライバルであった弟・織田信勝の子」や「謀反人・明智光秀の娘婿」という立場だけで命を失った可能性があります。
そのため信澄は、本能寺の変最大の巻き添え被害者であったとも考えられます。
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参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考文献としています。
- 八津弘幸 豊臣兄弟! 後編 (NHK大河ドラマ・ガイド) NHK出版
- 桑田忠親 豊臣秀吉研究 上 角川選書クラシックス (角川選書 1402)
- 太田牛一(著) 中川太古(翻訳) 現代語訳 信長公記 (新人物文庫) 中経出版
- 黒田基樹 羽柴秀吉とその一族 秀吉の出自から秀長の家族まで (角川選書)
- 柴裕之(編著)豊臣秀長 (シリーズ・織豊大名の研究) 戎光祥出版
- 黒田基樹 羽柴秀長と藤堂高虎 NHK出版新書
