荒木村重の妻・だしは、有岡城の戦い(有岡城事件)で最後まで城内に残され、最終的に織田信長によって処刑された女性として知られています。
▼ 荒木村重の妻・だしとは?
・荒木村重の正妻とされる美人女性
・有岡城落城まで城内に残される
・村重逃亡後も人質として捕らえられる
・最終的に信長によって斬首刑に処される
・「戦国時代の悲劇の女性」として語られる
「豊臣兄弟!」の第21話「風雲!竹田城」以降では、有岡城の戦い(有岡城事件)が本格化し、荒木村重の妻・だしも重要人物として描かれる可能性があります。
この記事では、荒木村重の妻・だしとはどんな女性だったのか、なぜ処刑されたのか、有岡城事件で何が起きたのかを史実ベースでわかりやすく解説します。
また、有岡城事件や荒木村重について詳しく知りたい方は、下記の記事も参考にしてください。
→ 有岡城の戦い(有岡城事件)とは?荒木村重の謀反をわかりやすく解説
→ 荒木村重はどうなる?信長を裏切った理由と最期をわかりやすく解説
結論|だしは有岡城に残され、最終的に処刑された
荒木村重の妻・だしは、有岡城の戦い(有岡城事件)で最後まで城内に残され、最終的に織田信長によって処刑された女性です。
1579(天正7)年9月2日、荒木村重は有岡城を脱出して尼崎城へ逃亡。
しかし、だしをはじめとする妻子や家臣の家族たちは有岡城内に取り残されることになります。
▼ だしの最期
・荒木村重が有岡城から逃亡
・だしは城内に取り残される
・織田軍によって捕縛される
・最終的に京・六条河原で斬首に処される
「豊臣兄弟!」でも、有岡城事件最大の悲劇の1つとして描かれる可能性があります。
→ 有岡城の戦い(有岡城事件)とは?荒木村重の謀反をわかりやすく解説
→ 荒木村重はどうなる?信長を裏切った理由と最期をわかりやすく解説
「豊臣兄弟!」ではだしはどう描かれる?
有岡城事件の悲劇を象徴する存在になる可能性
「豊臣兄弟!」の第21話「風雲!竹田城」以降では、有岡城事件が本格化。
その中でも、妻・だし(山谷花純)の存在は、
・荒木村重の逃亡
・織田信長の苛烈さ
・戦国時代の非情さ
を象徴する重要人物になるでしょう。
荒木村重との関係にも注目
荒木村重(トータス松本)は最終的に有岡城を脱出して生き延びます。
しかし、だしは城内に取り残され、その後処刑されることに。
そのため、
「なぜ村重は妻を置いて逃げたのか」
という点は、「豊臣兄弟!」でも大きな論点になるでしょう。
第24話「軍師官兵衛!」でも重要人物になる可能性
第24話「軍師官兵衛!」では、
・官兵衛の幽閉
・村重逃亡
・だし処刑
などが大きな山場として描かれます。
荒木村重の妻・だしとはどんな女性?
村重の正妻とされる女性
だしは、荒木村重の正妻とされる女性です。
ただし、生年や出自には諸説あり、詳細な記録はあまり残されていません。
「絶世の美女」だったという伝承もある
「信長公記」の記述によれば、荒木村重の妻・だしは絶世の美人で、村重以外の人目に触れることは滅多になかったとあります。
有岡城事件で歴史に名を残す
だしは戦国時代の女性の中でも、
「有岡城事件の悲劇」
を象徴する存在として特に有名です。
そのため現在でも、
・荒木村重 だし
・荒木村重 妻
・だし 処刑
などのキーワードで検索され続けています。
なぜだしは処刑された?
荒木村重は有岡城から逃亡した
荒木村重は1578(天正6)年10月下旬に織田信長を突如裏切り、摂津国の有岡城で籠城戦を開始。
しかし、1579(天正7)年9月2日、形勢が不利と判断した荒木村重は夜陰に紛れ、わずか5~6人の護衛とともに有岡城を脱出し、尼崎城へ逃亡。
しかし、村重の逃亡劇は城内にいた村重自身の妻子や、主だった重臣にさえ知らされていない前代未聞の出来事でした。
有岡城には女子供たちが取り残される
その後、有岡城では、荒木久左衛門といった荒木村重配下の部将たちも次々と尼崎城へ逃亡。
結果として、
・だし
・一族の女性たち
・家臣の妻子たち
など、いわゆる「非戦闘要員」だけが城内に残される異常事態に陥ります。
結局、1579(天正7)年11月19日に有岡城は落城。村重の妻・だしをはじめとして「非戦闘要員」たちは、入城した織田信長の甥・織田信澄率いる軍勢たちの手によって有岡城の牢に捕えられることに。
荒木村重の一族郎党600人以上が処刑される
「信長公記」によると、1579(天正7)年12月13日には荒木村重の一族122人が尼崎の七松(ななつまつ)というところに引き立てられ、磔(はりつけ)の刑に処されることに。
村重に対する信長の怒りは凄まじかったようで、「信長公記」によると荒木村重の家臣とその妻子ら合計510人も12月16日までに成敗されたことも生々しく記録されています。
荒木村重の妻・だしは京・六条河原で処刑される
荒木村重の妻・だしが処刑されたのは12月16日辰の刻(午前7時から9時の間)のことでした。
荒木村重の主だった一族の妻子たちとともに京の市中で引き回しにされ、六条河原へ。このとき処刑の対象となった人々は皆、極楽往生を願って肌に経帷子(きょうかたびら)をまとっていたようです。
「信長公記」の著者・太田牛一は、だしは六条河原で車から下りると、帯を締め直し、髪も高々と結い直し、小袖の襟を後ろへ引いて、首を斬られるという見事な最期であったと伝えています。
だしの辞世の句
「信長公記」によると、荒木村重の妻・だしと主だった一族の妻子たちが、京の六条河原で処刑される様子が克明に描かれています。
その中にはだしが作った辞世の句がいくつか残されています。
消ゆる身は惜しむべきにもなきものを母の思ひぞ障りとはなる
〔消えていく自分の身は惜しくないけれど、子を思う気持ちだけが煩悩となって往生の妨げになります〕太田 牛一; 中川 太古. 現代語訳 信長公記 (新人物文庫) (pp. 320-321). (Function). Kindle Edition.
この悲劇によって、荒木村重は「妻子を見捨てた武将」として語られることが多くなりました。
荒木村重はなぜ妻・だしを置いて逃げた?
村重は自分だけ生き延びた
荒木村重本人は、有岡城事件後も生き延びています。
そのため後世では、
「妻子を見捨てた武将」
として語られることが多くなりました。
一方で再評価する見方もある
ただし近年では、
・極限状態だった
・もはや城を維持できなかった
・毛利家や石山本願寺の助力を得て再起を図ろうとした
という再評価もあります。
村重の評価を決定づけた事件
とはいえ、
「だしを置いて逃げた」
という事実は、荒木村重の評価に大きな影響を与えました。
そのため有岡城事件は、
「荒木村重最大の汚点」
として語られることも少なくありません。
だし処刑はどれほど衝撃的だった?
戦国時代でも異例の大量処刑だった
有岡城事件では、
・一族122人
・家臣や妻子510人
が処刑されたと伝わっています。
これは戦国時代の中でも極めて大規模な処刑でした。
信長の苛烈さを象徴する事件
この事件は、
・織田信長の苛烈さ
・人質政治
・見せしめ処刑
を象徴する事件として知られています。
「悲劇の女性」として語り継がれる
だし自身は政治や軍事に直接関与した人物ではありません。
それでも、
「夫の謀反」
によって命を落とすことになりました。
そのため現在でも、
「戦国時代の悲劇の女性」
として語り継がれています。
荒木村重の妻・だしについてよくある質問(FAQ)
だしとは誰?
荒木村重の正妻とされる女性です。
だしはどうなった?
有岡城事件で捕らえられ、最終的に京・六条河原で処刑されたと伝わっています。
荒木村重はなぜ逃げた?
戦況悪化によって有岡城を維持できなくなったためと考えられています。
だしは実在した?
だしは実在したと考えられています。
辞世の句や夫・荒木村重との心のやりとりをした「問答歌」が「信長公記」に収録されています。
有岡城事件や登場人物をさらに詳しく知りたい方へ
有岡城の戦い(有岡城事件)とは?
荒木村重の謀反から有岡城落城までを詳しく解説しています。
→ 有岡城の戦い(有岡城事件)とは?荒木村重の謀反をわかりやすく解説
荒木村重はどうなる?
信長を裏切った荒木村重の最期について詳しく紹介しています。
→ 荒木村重はどうなる?信長を裏切った理由と最期をわかりやすく解説
黒田官兵衛はどうなる?
有岡城で幽閉された黒田官兵衛について詳しく解説しています。
→ 黒田官兵衛はどうなる?荒木村重の乱で幽閉された天才軍師を解説
豊臣兄弟!ネタバレ最終回と全話あらすじ
豊臣兄弟!あらすじ全話まとめ
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新話から1話までのあらすじ・ネタバレ・月別の流れを整理したい方は、下記の記事を参考にしてください。
→ 豊臣兄弟!あらすじ全話まとめ|最新話までの流れを簡単解説
豊臣兄弟!ネタバレ最終回まで
本能寺の変・賤ヶ岳の戦い・天下統一など、「豊臣兄弟!」の最終回までの結末や主要人物の今後については下記の記事で詳しく解説しています。
→ 豊臣兄弟!ネタバレ最終回まで|秀吉・秀長・信長・家康の結末を解説
参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考文献としています。
