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豊臣秀長と藤堂高虎の関係とは 秀長と高虎の7つの逸話・エピソード

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藤堂高虎とはどんな人?

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の藤堂高虎(佳久創)とは

2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公は、仲野太賀さん扮する「小一郎」こと豊臣秀長(1540~1591年)です。NHKは2025年4月8日に、その豊臣秀長の家臣として佳久創さん扮する藤堂高虎が登場することを公表しました。

藤堂高虎(とうどうたかとら)(1556年〜1630年)とは、関ヶ原の戦い(1600年)においいて徳川家康率いる東軍に味方して、明治維新後に行われた廃藩置県まで続く伊勢津藩の初代藩主となった戦国武将です。

大河ドラマ 豊臣兄弟 藤堂高虎の役柄

大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、若き日の藤堂高虎が豊臣秀長と出会うところから描かれるようです。

秀長の重臣の一人。巨漢で知られ、初めは近江の大名・浅井長政に仕えるも、主君を変えて転々とする。秀長と出会い、武勇だけでなく学問も重要だと教えられ、算術・鉄砲・築城など多くを学ぶ。やがて頭角を現し、豊臣秀吉の中国攻めや賤ヶ岳の戦いなどにも参戦。前線で戦うだけでなく、兵站(へいたん)を任されるなど、知勇兼備の武将となる。築城名人としても知られる。

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豊臣秀長と藤堂高虎にまつわる年表

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西暦(和暦)年齢(満年齢)出来事
1556(弘治2)年0才近江国犬上郡藤堂村に藤堂虎高の次男として生まれる。幼名は「与吉」
1570(元亀元)年14才浅井氏に仕える。姉川の戦いで初陣を飾る。
1573(天正元)年17才浅井家を出奔。磯野員昌に80石で仕える。
1576(天正4)年20才磯野家を出奔。300石で秀長に仕官。「与右衛門」と称する。
1578(天正6)年22才羽柴秀吉の中国征伐に秀長の配下として出陣
1580(天正8)年24才三木城攻めや丹波国の一揆鎮圧で戦功。3,000石の加増を受け、知行が3,300石に
1581(天正9)年25才但馬国で発生した小代谷一揆の鎮圧
1582(天正10)年26才山崎の戦いに秀長の配下として出陣
1583(天正11)年27才賤ヶ岳の戦いに秀長の配下として出陣。戦功により1,300石の加増を受け、知行が4,600石に
1584年(天正12)年28才小牧長久手の戦いに出陣
1585年(天正13)年3月29才紀州征伐に出陣。戦後、和歌山城の普請奉行となる
1585年(天正13)年5月29才四国征伐に出陣。戦功により5,400石の加増を受け、初めて1万石の大名となる
1586年(天正14)年30才徳川家康の京都における屋敷の普請を担当する
1587年(天正15)年31才九州征伐のために東九州の戦線を担当する秀長の先鋒隊として出陣。戦功により従五位下佐渡守に任官。1万石の加増も受け2万石の大名に
1590(天正18)年34才病気の秀長に代わって小田原征伐に出陣
1591(天正19)年35才秀長が死去。後継者の秀保の後見人の1人に

以降の記事では豊臣秀長と藤堂高虎にまつわる7つの逸話・エピソードを紹介いたします。

豊臣秀長と藤堂高虎 参考資料

なお豊臣秀長と藤堂高虎にまつわる今回の記事は以下の資料を参考にしています。

これらのうち「豊臣秀長 (シリーズ・織豊大名の研究) 」を編著した柴裕之さんは、NHKの2026年大河ドラマ「豊臣兄弟!」の時代考証を担当されています。

豊臣秀長と藤堂高虎にまつわる7つのエピソード

1. 秀長とともに各地を転戦

豊臣秀長の家臣たちには、小堀新介(正次)横浜良慶など行政の手腕を発揮する「文官」と呼べる者が多くいる中、藤堂高虎は戦働きで功を立てる「武官」の人でしょう。上記の年表でも挙げたとおり、秀長が兄・秀吉に従って出陣した戦には、決まって高虎も従軍しています。

しかも高虎はたびたび戦功を挙げて、戦働きにより300石の小身から、紀伊国の粉河(現在の和歌山県紀の川市)を本拠地とする2万石の大名にまで出世しています。

藤堂高虎が豊臣秀長に従って出陣した戦

2. 簿記の名手

豊臣秀長の下で戦功を挙げ、2万石の大名にまでなった藤堂高虎は「槍働きをするだけの猪武者」だったのでしょうか?いいえ、決してそんなことはありません。

堺屋太一さんの「豊臣秀長 ある補佐役の生涯」によると、帳面をつける技術、つまり藤堂高虎は「簿記」が優れていたというエピソードが描かれています。

「簿記」と言っても現代の複式簿記とは異なる帳面の付け方ですが、それでも藤堂高虎の付ける帳面は金銭・米・木材などの残高から不正な支出までがすぐに分かるような仕組みになっていました。秀長は藤堂高虎が持つ簿記の技術に舌を巻いたとされます。

3. 算術の名手

豊臣秀長 ある補佐役の生涯」によると藤堂高虎は算術にも長けていたとされます。

中国征伐の一環として行われた備中高松城攻めでは、城を水攻めにするにあたって、水を堰き止める堤の高さと幅はどれぐらいにするのか、さらにその堤を作るための土俵が何俵必要であるか、藤堂高虎が計算したと紹介されています。

このとき藤堂高虎は、備中高松城の水攻めのためには約400万俵の土俵が必要であると見積もりました。

4. 築城の名手

藤堂高虎といえば安土桃山時代から江戸時代前半における「築城の名手」と謳われています。

秀長死後に、膳所城の築城(1601年)・伏見城の修築(1604年)・江戸城天守閣の設計(1606年)・丹波篠山城の修築(1609年)・津城の修築(1611年)・伊賀上野城(1611年)の修築など数多くの城普請に関わっています。

そんな藤堂高虎が「築城の名手」として大きく名を上げるきっかけとなったのが、1585(天正13)年に行われた和歌山城の築城です。この築城後の和歌山城は豊臣秀長が居城としています。

5. 紀伊国の統治に尽力

秀長時代の藤堂高虎は2万石の大名に成長します。しかしその知行の大半は近江国にあったとも言われていますが、詳しくは不明です。ただ2万石のうちの5,000石は、豊臣秀長が治める紀伊国の粉河にあったことが分かっています。

実際、藤堂高虎は粉河村に居館を構えて、在地の一揆勢力に備えていました。当時の紀伊国は、紀州征伐後であっても秀長が行う検地に不満を持ち反抗する雰囲気が漂っていたからです。

そこで藤堂高虎は、現地の地侍や百姓たちが主導する一揆鎮圧にも乗り出しており、特に北山一揆の鎮圧に功績を残しています。

6. 秀長を通じた徳川家康との出会い

1586(天正14)年、豊臣秀吉は豊臣秀長に対して、聚楽第の中において徳川家康のための屋敷を造営することを命じます。そこで秀長は現場の普請責任者を藤堂高虎としました

後年、藤堂高虎は関ヶ原の戦いでは徳川家康に味方し、徳川家康も江戸城の修築・天守閣の設計・江戸城二ノ丸の築城など徳川幕府の権威に関わる仕事を高虎に依頼します。

こうした築城や建築を通じた藤堂高虎と徳川家康のつながりは、秀長が家康の屋敷を造営することを高虎に任せたことに始まるものでしょう。

7. 千丸を養子にもらい受ける

1588(天正16)年、藤堂高虎は豊臣秀長の養子であった千丸(仙丸)を藤堂家の嫡男として養子に迎えます。

豊臣秀長は嫡男の与一郎が亡くなった後、1582(天正10)年に丹羽長秀の三男・千丸を養子に迎えて家を継がせようとしていました。しかし、織田家の重臣であった丹羽長秀は豊臣政権にあっては勢力が振るわず、政治的に衰退していきます。

そのような丹羽氏にルーツを持つ千丸は、豊臣一門の筆頭大名である秀長の家系を継がせることは相応しくないと判断され、千丸は秀長の家からいわば「ていよく追い出される」ようになります。

代わってその千丸を養子として受け入れたのが藤堂高虎でした。千丸とはのちの藤堂高吉のことで、のちに伊賀国名張(現在の三重県名張市)で2万石を領有する、伊勢津藩の家老となります。

豊臣秀長死後の藤堂高虎

1. 高野山に出家するも秀吉に呼び戻される

1591(天正19)年、豊臣秀長は病気のために亡くなり、跡目を継いだ秀保も1595(文禄4)年に亡くなります。不幸なことに秀保に跡を継ぐ男子はなく、秀長の家系は断絶します。

このとき藤堂高虎は浪人となり、高野山に入って出家。しかし豊臣秀吉はマルチな才能を発揮する高虎を還俗(仏門に入ることを止めて俗世に戻ること)させ、しかも高虎は秀吉から伊予国の宇和島で5万石の加増を受けます。

藤堂高虎は出家を取りやめただけで、2万石の大名から7万石の大名に出世したのです(後に慶長の役における戦功が認められて1万石が加増され8万石に)。

2. 関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍に味方

すでに述べたように、藤堂高虎は京における徳川家康の屋敷の普請奉行であった頃から、徳川家康とつながりがありました。

一方、藤堂高虎のかつての主人であった豊臣秀長は、「秀吉の官僚」であった石田三成や増田長盛たちと何かと政治的に衝突することもありましたから、高虎からすると彼らはいわば「敵」です。

そういう経緯もあり、藤堂高虎は1600(慶長5)年に起こった関ヶ原の戦いでは、徳川家康率いる東軍に味方。戦後の論功行賞において高虎は伊予国今治(現在の愛媛県今治市)で12万石の加増を受け、20万石の大名となります。

さらに1608(慶長13)年には伊賀国・伊勢国への転封となり、所領も22万3,950石に加増され、藤堂高虎は伊勢津藩の初代藩主になりました。

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