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豊臣秀保の死因は麻疹あるいは痘瘡による病死

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豊臣秀保は、豊臣秀長家を最終的に継いだ養嗣子として知られる人物です。

しかし1595(文禄4)年4月に17才という若さで急死しました。

現在では、死因については麻疹(はしか)あるいは痘瘡(天然痘)などによる病死説が有力視されています。

一方で、後世には「豊臣秀保溺死説」も存在しますが、現在の研究では慎重に扱われています。

▼要点まとめ

・豊臣秀保は17才で死去
・死因は麻疹または痘瘡が有力
・現在は病死説が主流
・「溺死説」は後世の俗説と考えられている
・秀保の死後、秀長家は断絶へ向かった

豊臣秀保の生涯や、秀長家を継いだ養嗣子としての役割については、下記の記事で詳しく解説しています。

豊臣秀保とは誰?秀長家を継いだ養嗣子について詳しく見る

目次

結論|豊臣秀保は病死した可能性が高い

豊臣秀保は1595(文禄4)年に17才で死去しました。

現在では、麻疹(はしか)や痘瘡(天然痘)などの感染症による病死説が有力と考えられています。

一方、「豊臣秀保溺死説」も存在しますが、現在の研究では史料的裏付けに乏しく、後世の俗説として扱われることが多くなっています。

また、秀保の死去によって豊臣秀長家(大和大納言家)は断絶へ向かうことになりました。

豊臣秀長家の後継者と断絶問題を見る

豊臣秀保の死と秀長の家系「大和大納言家」の断絶

豊臣秀保は17才で病死

豊臣秀保は1595(文禄4)年4月に17才で死去しました。

現在では、麻疹(はしか)あるいは痘瘡(天然痘)などの感染症による病死説が有力視されています。

豊臣秀保の生涯について詳しく見る

秀保の死後、豊臣秀長の家系は断絶

豊臣秀保の死によって、豊臣秀長家(大和大納言家)は最終的に断絶へ向かうことになります。

ただし、「秀長家」と「秀長の血統」は必ずしも同じではなく、秀長の長女「秀保の妻」を通じて血統が残った可能性も指摘されています。

豊臣秀長家の後継者と断絶問題を見る
豊臣秀長の血統と子孫について見る

豊臣秀保の死と秀長の家系「大和大納言家」の断絶

豊臣秀保は17才で病死

2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公・豊臣秀長仲野太賀)の後継者である、豊臣秀保は1595(文禄4)年4月16日に療養をしていた大和国十津川にて病死します。享年17。

このとき豊臣秀保は痘瘡もしくは麻疹の一種に罹っており、同年4月10日ごろから急激に病状が重くなり、投薬治療の甲斐なく、亡くなったと考えられています。

秀保の死後、豊臣秀長の家系は断絶

豊臣秀保の死後、大和・紀伊の2カ国を領国とする秀長の家系、「大和大納言家」は一時、秀保の長兄・豊臣秀次の2才の息子が跡継ぎに迎えることを検討していました。

しかし、同年7月に「豊臣秀次切腹事件」が発生。そのためこの男の子が豊臣秀保の跡継ぎになるという話は立ち消えとなり、秀長の家系は断絶に至ります。

豊臣秀保の死因について

桑田忠親氏による「豊臣秀保の病死説」

こうした「豊臣秀保の死は病死だった」という考え方は、豊臣秀吉の研究で知られる國學院大学名誉教授の故・桑田忠親氏によるものです。

桑田氏は「駒井日記」(京都大学PDFファイル)にある1595(文禄4)年4月10日以降の記述に基づき、豊臣秀保は痘瘡(疱瘡)もしくは、「のけほろし」や「かさほろし」と呼ばれた麻疹の一種に罹っていたことを説明しています。

さらに桑田氏は、秀保の治療についても吉田浄慶や曲直瀬正琳による投薬治療を受けていたことを明らかにしています。

「豊臣秀保の横死・溺死説」は誤り

一方で豊臣秀保の死は「癲疾(癲癇)による横死や溺死」と考える説もあります。秀保が横死あるいは溺死したという説は主に「武徳編年集成」によるものでしょう。

「武徳編年集成」によると秀保は癲癇(てんかん)の発作を起こし、自分の小姓に対して十津川の温泉から吉野川に向かって飛び降りるよう無茶な命令を出します。

その小姓は泳ぐことができなかったため、秀保に抱きつき共に飛び降りて秀保は溺死したということになっています。

しかし「武徳編年集成」は「秀保」と書くべき箇所を「秀俊(小早川秀秋のこと)」として記述に間違いがあり、桑田氏はこの説を否定しています。

なお『公卿補任』にも横死としてあることは、既に掲げた如くである。しかしながら、これらはすべて後世の俗説であって、訂正すべきところが多いのである。以下『駒井日記』によって実情を究め、大和中納言のために弁護の労をとってみよう。

柴裕之編著「豊臣秀長 (シリーズ・織豊大名の研究)」戎光祥出版 354ページより

現在では、豊臣秀保の死因については病死説が有力視されています。

一方で、後世には「横死説」や「溺死説」も存在します。しかし現在では、史料的根拠が乏しいことから慎重に扱われています。

参考文献

今回の記事を書くにあたっては以下の2冊の本を参考文献としています。

なお、記事の中で紹介した故・桑田忠親氏の研究とは、「豊臣秀長 (シリーズ・織豊大名の研究)」の第2部「豊臣一門大名秀長の領国支配と一族・家臣」を構成する「Ⅵ 羽柴秀保について」という桑田氏の論考に基づいています。

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