豊臣兄弟!27話「本能寺の変」のあらすじを解説。
第27話では本能寺の変が発生。織田信長が明智光秀の軍勢に襲われて討死にします。
本能寺の変は、信長が京の本能寺で襲われた事件です。その直前、信長は備中の高松城へ向かう準備を進めていました。
秀吉は高松城攻めの総仕上げを信長に見てもらうためにあえて出馬を要請。しかし、秀吉の願いが信長を運命の本能寺へ向かわせることに。
▼第27話「本能寺の変」(2027年7月12日放送予定)のポイント
・秀吉が信長に高松城攻めの出馬を要請
・信長は出馬するつもりはなかったが小一郎の話を聞いて翻意
・信長は宿泊中の本能寺で光秀に襲われて討死
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第28話|急げ!秀吉
第27話|(本記事)
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豊臣兄弟!27話の結論
・秀吉が高松城攻めのため信長に出馬を要請する
・信長は当初拒否するが小一郎の言葉で翻意する
・徳川家康の接待役となった光秀は信長から屈辱を受ける
・明智光秀が謀反を決意し本能寺の変が発生する
・織田信長は本能寺で自害し戦国時代最大の転換点を迎える
→ 織田信長はなぜ本能寺で明智光秀に討たれたのか?
→ 明智光秀はなぜ本能寺の変を起こしたのか?(準備中)
→ 本能寺の変が起きた本当の理由とは?
豊臣兄弟!27話のあらすじ
秀吉が高松城攻めのために信長に出馬を要請
1582(天正10)年3月、信長(小栗旬)は長年の宿敵であった甲斐の武田家を殲滅。甲斐と信濃を手に入れて天下統一にまた一歩近づきます。
その頃、秀吉(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)の羽柴兄弟は備中の高松城を水攻めで包囲し、落城寸前のところまで追い詰めていました。
そこで秀吉は小一郎・前野長康(渋谷謙人)・藤堂高虎(佳久創)の3名を使者として遣わして、安土城の信長に高松城攻めのための出馬を要請。
しかし信長はわざわざ備中まで出向くつもりはないと、秀吉の要請を却下します。
家康を接待する宴会で信長は光秀を何度も殴りつける
同じころ、安土城では徳川家康(松下洸平)の長年の功労に報いるため、織田信長は明智光秀(要潤)を饗応役に命じて、大規模な宴会が開かれていました。
ところがその宴会で出された鯉の煮付け料理に毒が混入していることが発覚。激怒した信長は光秀を何度も殴りつけるという「事件」が起こっていました。
光秀が謀反 本能寺の変が発生
その「事件」が起きた夜、小一郎は安土城にいる信長のもとを訪問。小一郎が思う兄弟の情を聞くことで、信長は備中への出陣を決意。6月4日には京の本能寺を出立すると教えてくれました。
ところが6月2日の早朝、天地を揺るがすほどの一大事が起こります。
本能寺に宿泊していた織田信長が外の騒がしさに目覚めると、小姓の森乱(市川團子)が駆け寄り、明智光秀が謀反を起こしたと報告。
すかさず信長自ら鉄砲を持って抵抗を試みるも、光秀が率いる大軍には敵いません。体に無数の傷を負った信長は覚悟を決め燃え盛る炎の中で自害するのでした。
豊臣兄弟! 27話 重要ポイント
秀吉の出馬要請が運命を変える
高松城攻めはすでに勝利目前でしたが、秀吉は信長に最後の総仕上げを任せようと考えました。
しかしその要請によって信長は京へ向かうことになり、結果として本能寺の変に巻き込まれることになります。
明智光秀の不満が限界に達する
長宗我部元親に対する外交で面目を丸潰れにされ、家康接待の場でも信長から厳しく叱責された光秀。
積み重なった不満や焦りがついに限界に達し、光秀は謀反という決断へ踏み出します。
本能寺の変が戦国時代を大きく動かす
本能寺で信長が討たれたことで、織田家による天下統一は目前で頓挫しました。
一方で備中にいた秀吉は、この報せを受けて直ちに行動を開始します。
本能寺の変は織田信長の最期であると同時に、豊臣秀吉が天下人へ向かう出発点にもなったのです。
豊臣兄弟!27話の背景となる史実
歴史的状況
「豊臣兄弟!」の27話「本能寺の変」は1582(天正10)年3月から6月2日までの時代が描かれています。今回のお話のテーマである本能寺の変は1582(天正10)年6月2日の早朝に起きた事件でした。
「信長公記」によると信長や森蘭丸(「豊臣兄弟!」の森乱のこと)たちは、本能寺が騒がしくなっていることについて、当初、雑兵や足軽といった下級兵士たちが喧嘩をしているのかと思っていたとあります。
しかしやがて本能寺の外から勝ちどきが聞こえ、鉄砲の射撃音がすることにただならぬ異変が起きたことを察知。初めて明智光秀の軍勢が、本能寺に攻めかかってきたことに気がつきました。
このとき信長を護衛する軍勢は小姓衆をはじめとする100人余りだったのに対して、攻めかかる明智勢は1万3,000もの大軍。信長自らも弓と槍をもって応戦します(「豊臣兄弟!」の信長は鉄砲で応戦)。
しかし所詮は多勢に無勢です。体に無数の傷を負った信長は応戦が敵わないと判断すると、本能寺の奥にある納戸に引きこもり、最期は燃え盛る火の中で自害して果てたと伝えられています。
豊臣兄弟の立場
本能寺の変が発生した当時、秀吉と小一郎の羽柴兄弟たちは、毛利方の武将・清水宗治が籠る備中の高松城を水攻めにしていました。
高松城の周囲が足場の悪い沼地に囲まれている攻撃しにくい城でした。しかし、秀吉は逆にそのことを利用して城の周りに堤防を築き、高松城の周辺を流れる足守川を堰き止め。
梅雨の影響で川が増水したところを見計らって、足守川の堤防の一部をわざと決壊させ、高松城の周りを水浸しに。これにより秀吉は、高松城を舟なしでは補給や援軍を受け入れられない状態に追い込みました。
「豊臣兄弟!」の羽柴秀吉は信長の前で良いところを見せるために、あえて信長に出馬を要請したことになっています。
一説によると、落城寸前の高松城攻めに信長の力を借りようとした理由は、戦さの手柄を信長に差し出して信長に花を持たせたかったからとも言われています。
この説が本当だとすれば、主君とその周りにいる重臣たちから余計な嫉妬を買わないようにするという、いかにも「人たらしの名人」と呼ばれた秀吉らしい処世術だったと言えるでしょう。
いずれにせよ、秀吉が行った信長への出馬要請は、結果的に「本能寺の変」を呼び起こす原因の1つとなったことには変わりはありません。
今後の影響
國學院大学の名誉教授である故・桑田忠親氏の著書「豊臣秀吉研究 上」によると、羽柴秀吉は1582(天正)年6月4日には毛利方に講和を申し出てたとあります。
信長が討死したことのが6月2日早朝です。秀吉は6月2日の深夜から3日の間にかけて「信長の死」という極秘情報を掴み、さらには備中から畿内に駆け戻って明智光秀を討伐することを、わずか1日ほどで計画していたことになるでしょう。
→ 豊臣兄弟!28話「急げ!秀吉」あらすじへ(準備中)
豊臣兄弟! 27話の注目人物
27話の注目人物は織田信長と明智光秀です。
織田信長は安土城から備中の高松城に向かう途上で、京の本能寺の宿泊。その宿泊中に明智光秀に討たれるという悲劇的最期を迎えました。
明智光秀は決起する決意を固め、京の本能寺に宿泊中していた織田信長を大軍でもって襲いました。
→ 明智光秀はなぜ本能寺の変を起こしたのか?(準備中)
よくある質問(FAQ)
Q. 「豊臣兄弟! エピソード27」とは?
「豊臣兄弟! エピソード27」とは、第27話のことです。
Google検索や配信サービスでは「エピソード27」と表記されることがあります。
Q. 豊臣兄弟!27話では何が描かれる?
本能寺の変が起こるまでの経過と、本能寺の変が発生して信長が自害するまでのシーンが描かれます。
Q. 豊臣兄弟!27話は史実ではいつ頃?
1582(天正10)年3月から6月2日にかけての時代が描かれています。
本能寺の変は1582(天正10)年6月2日の早朝に発生しました。
Q. 明智光秀はなぜ「本能寺の変」を起こしたの?
「本能寺の変」が起こった理由として、徳川家康黒幕説などの陰謀論的な理由が語られることもあります。
その一方で、明智光秀は、信長に四国の長宗我部元親に対する外交方針の転換にも大きな不満を持っていたことも一因として考えられます。
光秀では長宗我部家との外交を担当しており、自分の娘を元親の嫡男である長宗我部信親に嫁がせていました。
光秀の娘は「人質」という意味もあり、突然の方針転換は娘の命を危険にさらすことを意味します。
Q. 織田信長はいつ死んだの?
「信長公記」によると1582(天正10)年6月2日の早朝に信長は自害したと伝えられています。
豊臣兄弟!ネタバレ最終回と全話あらすじ
豊臣兄弟!あらすじ全話まとめ
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新話から1話までのあらすじ・ネタバレ・月別の流れを整理したい方は、下記の記事を参考にしてください。
→ 豊臣兄弟!あらすじ全話まとめ|最新話までの流れを簡単解説
豊臣兄弟!最終回までのネタバレ
「豊臣兄弟!」の最終回までの流れや、本能寺の変・山崎の戦い・賤ヶ岳の戦いなど今後の展開については、下記の記事で詳しく解説しています。
→ 豊臣兄弟!ネタバレ最終回まとめ|本能寺の変から豊臣秀吉の天下統一まで解説
参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考文献としています。
- 八津弘幸 豊臣兄弟! 後編 (NHK大河ドラマ・ガイド) NHK出版
- 桑田忠親 豊臣秀吉研究 上 角川選書クラシックス (角川選書 1402)
- 太田牛一(著) 中川太古(翻訳) 現代語訳 信長公記 (新人物文庫) 中経出版
- 黒田基樹 羽柴秀吉とその一族 秀吉の出自から秀長の家族まで (角川選書)
- 柴裕之(編著)豊臣秀長 (シリーズ・織豊大名の研究) 戎光祥出版
