豊臣秀次事件豊臣秀次はなぜ切腹したのか？その理由について

2025年11月25日

高野山で切腹をして果てた豊臣秀次について

豊臣秀次とは

豊臣秀次（とよとみひでつぐ）（1564~1595年）とは、2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟！」で登場する豊臣秀吉（池松壮亮）・豊臣秀長（仲野太賀）兄弟の甥で、とも（宮澤エマ）にあたる瑞竜院殿日秀尼の長男です。

秀吉から1591（天正19）年12月28日に関白職と豊臣家の家督を譲られるも、秀吉の命令によって1595（文禄4）年7月15日に紀州の高野山において切腹を果たした人物としても知られています。

豊臣秀次切腹事件とは

「豊臣秀次切腹事件」とは1595（文禄4）年7月3日から同月15日にかけて、豊臣秀吉の命令で発生した、関白・豊臣秀次を高野山追放してから秀次が切腹して自害するまでの事件のことを指します。

当時、豊臣秀吉は側室・淀殿との間にできたお拾（のちの豊臣秀頼）が生まれたばかりの時期で、甥にあたる秀次を疎んじていたことが悲劇的な事件につながったと一般的には考えられています。

今回の記事ではその「豊臣秀次切腹事件」が起きた背景・事件の経過・秀次が切腹した理由・事件の影響についてご紹介いたします。

豊臣秀次切腹事件の背景

豊臣秀次が関白職と豊臣家の家督を譲られる

「豊臣秀次切腹事件」のそもそもの始まりは、1591（天正18）年12月に豊臣秀吉が甥・豊臣秀次に対して関白職と豊臣家の家督を譲ってしまったことにあります。

同年は秀吉の弟・豊臣秀長が病死したり、側室・茶々との間にできた子供・鶴松が死去するなど、豊臣秀吉にとっての重要な身内が亡くなった年です。

これ以上嫡子をあげるのは不可能で、自分の後継者となるのは甥である秀次しかいないと感じていたかもしれません。

お拾（のちの豊臣秀頼）の誕生

ところが1593（文禄3）年8月、秀吉と側室・茶々との第二子となるお拾（のちの豊臣秀頼）が誕生。秀吉に親の欲目が出て、甥ではなく子供の方に跡を継がせたいと言う思惑が働いたことは容易に想像できます。

その思惑のいくつかが現代に残っています。1つは豊臣秀次の右筆であった駒井重勝が残した日記の「駒井日記」1594（文禄2）年10月朔日の記述によるとこうあります。

一、木下半介方より申し越し、御ひろい様と姫君様御ひとつになさせられ候ハん由、仰せ出さる由、関白様還りなされ御次第、その通り羽筑州夫婦ヲ以って仰せ出さる由也。

小和田哲男. 豊臣秀次「殺生関白」の悲劇 (PHP新書) (pp. 142-143). (Function). Kindle Edition.

【現代語訳】
一、木下半介の方から申し入れがあり、御ひろい様（お拾。豊臣秀頼のこと）と姫君様（豊臣秀次の娘）を御婚約なさるようにとの仰せがあったとのこと。関白様がお戻りになられた後、その御裁断次第で、羽筑州（前田利家）夫妻を仲立ちとして、その通りに仰せ出されるとのことである。

まだお拾は生後14ヶ月しか経っていないにも関わらず、秀次の娘と結婚させようと言う話が出ています。お拾と秀次の娘を結婚させることの意味とは、すなわち「関白職をお拾に譲れ」と言うことでしょう。

「豊臣秀次「殺生関白」の悲劇」では山科言経（ときつね）の日記である「言経卿記」において、秀吉は秀次に対して日本全国を5つのブロックに分けて、そのうち4つは秀次のものとすると伝えたエピソードも紹介しています。

つまり「残り1つは秀頼に」ということでしょうが、秀吉が秀次に伝えたかった真意は逆であろうと疑いたくなる逸話です。

秀吉によって危険視された秀次の文芸政策

豊臣秀次が三好康長の養子として「三好孫七郎信吉」を名乗っていた時代（1582年6月から1584年6月ごろ）、養父・三好康長の影響によって文化的なセンスを磨いていました。

三好康長は織田信長が存命の時代には傑出した文化人と知られ、孫七郎自身も年少ながら里村紹巴一門との連歌会で亭主を務められるほどの才能を持っていました。

文芸に明るい秀次は連歌・茶の湯・能といった安土桃山時代に発展した文化や教養に傾倒していただけでなく、「源氏物語」を奈良の僧侶たちに書写させ古典の保存を務めたり、鎌倉幕府や室町幕府の庇護によって発展した五山文学の保護などにも力を入れていました。

しかしこうした政策は、南禅寺・天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺といった五山や公家に対して経済的援助を行い、当時の学術研究機関を秀次の掌握下に置くようにも見えます。

「羽柴秀吉一門 (シリーズ・織豊大名の研究) 」において「Ⅳ 関白秀次の文芸政策」の論考を担当した諏訪勝則さんは、秀吉にしてみると秀次の文芸政策は危険極まりなく、自己とお拾の将来を脅かすようなものとして映った可能性を指摘しています。

秀次の権限はやがて政治的な領域にまで伸展しようとしていた。秀次の切腹の要因については様々なものがあったと思うが、その一つとして秀吉は秀次が五山や公家と深く関係を持ち始めたことに対して政権運営や秀頼の将来にとって不信感あるいは危機感を抱いたことが挙げられる。

黒田基樹（編著）羽柴秀吉一門 (シリーズ・織豊大名の研究) 戎光祥出版 248ページ

1595（文禄4）年豊臣秀次切腹事件の経過

7月3日: 詰問使たちの到着

「豊臣秀次切腹事件」が起こる直前、豊臣秀次は能の謡本に注釈をつける作業で成果を見せていましたが、「終わりの日」が突然やってきます。

1595（文禄4）年7月3日、秀次が政務を執る京・聚楽第に前田玄以・富田知信・増田長盛・石田三成の4人で構成された詰問使が現れ、太閤秀吉に対する叛意があると問い質されます。

「甫庵太閤記」や「家忠日記追加」の所伝によると、このときは秀次は謀反する意図などはないと詰問使に対して誓紙を差し出したと言われています。

7月8日:高野山への追放

謀反の意図はないことを誓紙にして提出したにも関わらず、事態はさらに悪化。

「太閤様の軍記のうち（大かうさまくんきのうち）」では7月8日に秀次は秀吉が所在する伏見城に呼ばれたにも関わらず、木下吉隆の屋敷に留めおかれ、秀吉に謁見することなく、高野山にある青巌寺に行くよう命じられたのです。

7月15日: 側近とともに切腹

結局、秀次の処分については悪化の一途を辿り、悲劇的な結末を迎えることに。

「太閤様の軍記のうち」によると、7月13日に「悪行人」として秀次5人の側近に対して切腹・斬首・他家お預けの沙汰が下り、15日は秀次自身が切腹をしてその生涯を閉じることになります。

秀次切腹時の介錯は雀部（ささきべ）淡路守重政であったと伝えられています。

豊臣秀次が切腹をした理由

豊臣秀吉に秀次を殺害する意図はあったのか？

お拾の思いがけない誕生や秀吉には理解しがたい文芸政策によって秀次は疎んじられ、関白職を剥奪され、ついには高野山への追放処分を受けてしまったことは確かです。

しかし秀吉に秀次を死に追い込むまでの意図があったかどうかについては、議論が分かれるところです。

「豊臣秀次「殺生関白」の悲劇」で紹介されている「太閤様の軍記のうち」の引用箇所を読む、「検使役の福島正則が秀次に切腹を伝えた」とあり、秀吉の命令で秀次は切腹したことになっています。

しかしその一方で2016年にNHKで放送された大河ドラマ「真田丸」の第28回「受難」によると、秀次の前に福島正則は現れるものの、切腹を伝えるための使者ではなく、秀次が先走って切腹をして果てると言うストーリーになっています。

秀次が自ら切腹した理由: 心身耗弱していたため

もし豊臣秀次の切腹が秀吉の命令によるものでなければ、なぜ秀次は切腹などをしたのでしょうか？

「豊臣秀次「殺生関白」の悲劇」では1つの可能性として、秀頼誕生後の秀次の急激な心身耗弱を指摘しています。

宮本氏は、その証拠露して、秀頼誕生後にはじまる秀次の急激な心神の耗弱ぶりを指摘し、当代の名医である曲直瀬玄朔（まなせげんさく）のカルテ『玄朔三配剤録』を分析し、秀次が、秀頼誕生後、”気の病””心の病”を患ったことを挙げている。
秀頼が誕生し、「関白の座を逐われるのではないか」という不安感・圧迫感が恐怖心となり、心神不安定の状態に陥ったことは間違いないであろう。

小和田哲男. 豊臣秀次「殺生関白」の悲劇 (PHP新書) (pp. 213). (Function). Kindle Edition.

この指摘と同時に著者の小和田哲男さんは、秀次による「関白の地位に対する執着心」を挙げています。もし秀次に関白の地位に対する諦めがあれば、事件そのものがなかったのではないかと指摘されています。

「真田丸」の第28回「受難」では秀次の自害が発覚する直前に福島正則が「孫七郎は気が優し過ぎる」というセリフがあります。「気が優し過ぎる」と言うセリフは、当時の秀次が心神耗弱の状態に陥っていたことを示唆するものであったのかもしれません。