べらぼう 検校(けんぎょう) 当道座 座頭金 わかりやすく説明

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べらぼうの鳥山検校とは

当道座の最高位が検校

2025年大河ドラマ「べらぼう」では花魁・瀬川を身請けする大金持ちとして鳥山検校(とりやまけんぎょう)(市原隼人)が登場します。

鳥山検校は「当道座(とうどうざ)」における最高位の人物で、「検校」の位が幕府から認められ、その位を名前として名乗ることが許されています。

当道座について

当道座とは何か?

当道座(とうどうざ)とは中世から江戸時代にかけて存在した、盲人(視覚障害者)のための職能組織です。

当道座に所属する盲人たちは、主に琵琶法師(びわほうし)・鍼灸(しんきゅう)・按摩(あんま)などの職業に就き、当道座には彼らが経済的自立をするための生活支援や就業支援などを行う互助的な役割がありました。

当道座は4つの階級に分かれていた

「べらぼう」に登場する「鳥山検校は最高位の位にある」というように、当道座は階級制の組織です。その階級制とは上から順に4つの階級で構成されていました。

  1. 検校(けんぎょう)
  2. 別当(べっとう)
  3. 勾当(こうとう)
  4. 座頭(ざとう)

座頭のような低位の者は市井に出て琵琶の演奏・鍼灸・按摩などの実務に携わり、検校や別当のような高位の者は「当道座」の組織運営や、全体の利益を図るために幕府との折衝を担ってました。

勝新太郎さんの「座頭市シリーズ」

1960年代から1970年代にかけてテレビや映画で有名になった、「座頭市(ざとういち)シリーズ」で、凶状持ちの主人公・市(勝新太郎)は、盲人としてふだんは按摩の仕事に従事しています。

「座頭市」の「座頭」とは、この当道座の階級制度の名前から来ています。

当道座と座頭金 なぜ高利貸しができたのか?

べらぼう 13話で当道座の高利貸しが問題に

べらぼう 10話では鳥山検校は、花魁瀬川千四百両(約2億6,320万円)もの身代金を松葉屋に支払って身請けします。

しかし13話では、羽振りが極めて良い鳥山検校が貸す高利のお金は、将軍世子・徳川家基に仕える江戸城西の丸の旗本たちの間にも出回っていることが明るみになります。

森忠右衛門・震太郎親子を始めとして、返済に苦しむ家臣たちの窮状を見かねた十代将軍・徳川家治は、田沼意次に命じ、鳥山検校ら「当道座」が行う「座頭金(ざとうがね)」の取り締まりを始めます。

徳川家康が始めた当道座への優遇政策

そもそも当道座は盲人(視覚障害者)のための互助的な職能集団であったにも関わらず、そのリーダーである鳥山検校はなぜ高利貸しの「座頭金」ができたのでしょうか?

その理由は徳川幕府の初代将軍である、徳川家康が採用した「都市政策」・「文化政策」・「社会福祉政策」に求めることができます。

理想の都市づくりのために「当道座」を活用(都市政策)

徳川家康が1603(慶長8)年に幕府を開府した当初、江戸は上方(京・大坂)に比べると、様々な面で発展途上の都市でした。

家康は江戸を単に行政・軍事だけの都市と見なすのではなく、文化的・社会的にも優れた都市にすることが、江戸幕府による秩序維持のために必要であると考えていたようです。

江戸をあらゆる面において「理想の都市」とするために、「都市政策」の1つとして家康が目を付けたのが「当道座」です。

京の「当道座」を江戸の「当道座」に(文化政策)

「当道座」は江戸時代に始まったわけでなく、室町時代からすでに京で存在していました。彼らは、琵琶演奏の職能集団であるという一面を持っているため、江戸における文化を発展させる可能性があります。

家康は「当道座」を幕府の庇護下に置くことで、文化的に上方よりも江戸の方が優れていることを示し、多様な人材を惹きつけようとしたと考えられます。

幕府が「当道座」に「座頭金」を認めた理由(社会福祉政策)

また「当道座」は盲人のための互助的な性格を持っていました。低位の座頭たちには、生活の支援や按摩・鍼灸などの就業支援を行う必要があります。

そこで家康は「当道座」が、座頭たちの生活資金や就業資金を捻出できるように、高位の検校や別当たちには特別に高利の金貸し、つまり「座頭金」を行うことを認めていました。

もっともこの「座頭金」で得た利益は、低位の座頭たちの生活支援や就業支援のためだけに回っていたわけではありません。幕府によって認められたこの利益は、幕府の租税収入の源泉にもなっていました。

「当道座」 権力の集中と衰退への道

大成功した座頭金

時代が下るにつれ「当道座」の検校が行う「座頭金」は金融業として大成功を収めることになります。しかしそのことは「当道座」の内部と外部に様々な歪みを生むことになりました。

金融業で得た巨大な利益の下に、最高位である検校の権力がますます強化され、「当道座」内部の位もお金によって売買されるようになります。

その結果、「当道座」内部の金と権力はごく一部に集中し、幕府や武家(旗本御家人)に対する発言権はますます強化されることになりました。

花魁・瀬川を千四百両で身請けする鳥山検校(べらぼう 10話より)

べらぼう 10話では鳥山検校が、花魁・花の井を千四百両(約2億6,320万円)もの身代金を支払って身請けすることになりますが、検校がどれほどの財力を誇っていたかを示すエピソードでもあるでしょう。

人形浄瑠璃の太夫を決める権限も持つ鳥山検校(べらぼう 11話より)

金と権力を手に入れた「当道座」は、琵琶の演奏以外の文化活動にも発言権を持つようになります。その一例が、べらぼう 11話で登場する浄瑠璃富本節富本午之助への影響力です。

お話の中で富本午之助は実力があるにも関わらず、「富本豊前太夫」という富本節の名跡をなかなか継げないと愚痴をこぼしますが、鳥山検校による鶴の一声で太夫の名跡を名乗ることが許されます。

18世紀後半になると存在意義を失った「当道座」(べらぼう 13話と14話より)

江戸幕府が開府した時に京から江戸に持ち込まれた「当道座」は、「べらぼう」の時代である18世紀後半の江戸時代中期になると、明らかに当初に想定されていた役割を逸脱していました。

この頃になると「当道座」の存在そのものが、べらぼう 13話でのお話にあるように、幕府上層部で問題視されます。

べらぼう 14話では、奉行所から鳥山検校に裁きが下されることになりますが、これは「当道座」は衰退の道をたどるエピソードであると言えるでしょう。

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