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豊臣兄弟! 20話 あらすじ ネタバレ 吹き出し

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目次

豊臣兄弟! 20話 あらすじ

豊臣兄弟! 20話 あらすじ その1

豊臣兄弟! 20話 あらすじ その2

豊臣兄弟! 20話 吹き出し

豊臣兄弟! 20話 ネタバレ

豊臣兄弟の家臣団と藤堂高虎

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第18話以降、長浜城を拠点とした羽柴藤吉郎秀吉による北近江3郡(浅井郡・坂田郡・伊香郡)12万石の統治が行われます。

12万石の大名ともなれば、知行100石あたり5名の軍役として、戦時には6,000人程度の軍勢を動員する必要はあったでしょう。そのため豊臣兄弟には、それらの兵士を戦場で率いることができる文武に秀でた家臣団が必要となります。

実は以前から豊臣兄弟に付いていた蜂須賀正勝・前野長康・宮部継潤などは、織田信長の直臣であり、羽柴家や木下家と主従の関係にはありません。彼らは与力として織田信長から秀吉のもとに派遣されているだけなのです。

いわゆる「秀吉子飼いの家臣」と言われる加藤清正福島正則・石田三成たちが藤吉郎秀吉によって召し抱えられた時期とは、ちょうど藤吉郎秀吉の長浜統治時代のことでした。

一方、弟の木下小一郎長秀(羽柴小一郎長秀)も、同じ時期に藤堂高虎(とうどうたかとら)という重要な家臣と出会うことになります。

藤堂高虎は、1600年(慶長5)年に行われた関ヶ原の戦いにおいて徳川家康が率いる東軍に味方。

その戦功により1871(明治4)年に行われた廃藩置県まで続く伊勢津藩(石高は最大時で32万3,000石)の初代藩主となり、豊臣秀長の家臣だった者として最も出世した戦国武将として知られています。

浅井家で問題を起こしていた藤堂高虎

藤堂高虎は北近江に領地を有していた戦国大名の浅井長政の家臣・藤堂虎高の次男として、近江国犬上郡藤堂村(現在の滋賀県甲良町)で誕生。幼名は与吉で、子供の頃から体がとても大きく、体格に恵まれていたそうです。

浅井長政に仕えていたときの藤堂家の身分は高くなく、三重県津市の説明によると在郷被官(半農半兵の郷士)か、足軽程度の軽輩であったと考えられています。

ただ若年の頃の藤堂高虎は大変血の気が多く乱暴な人物であったらしく、1572(元亀3)年、17才の時には浅井家家臣の山下嘉助という人物と諍いを起こし山下を討ち取ってしまうという事件を起こしています。

このため高虎は浅井家にいることができなくなり出奔。ここから藤堂高虎は、1576(天正4)年に小一郎長秀に仕えるまで、短期間のうちに目まぐるしく主君を変えることになります。

次に藤堂高虎が仕官したのは、浅井家重臣で山本山城主の阿閉貞征(あつじさだゆき)。牢人分の家臣(非正規の家臣)として取り立てられることに。

浅井の後は阿閉貞征・磯野員昌・織田信澄をへて小一郎に仕えることに

藤堂高虎は阿閉貞征の元でもそれなりの活躍は見せますが、阿閉家の中間(ちゅうげん。武家奉公人のこと)2人も切り殺したことで、阿閉家にも居られなくなります。

今度は浅井家の元家臣で織田信長に仕え、近江国高島郡の大溝城主・磯野員昌(いそのかずまさ)のもとに身を寄せ、知行80石で仕官。

1574(天正2)年、藤堂高虎はその磯野員昌の養子となっていた、織田信澄(または織田信重。織田信長の甥)に仕えることに。

1575(天正3)年の丹波攻めにおいて、藤堂高虎は織田信澄に従って出陣し籾井城攻めで戦功を挙げる活躍を見せました。そのことから信澄の母衣衆(ほろしゅう。大将のボディーガードをする警護隊のこと)に取り立てられる話が浮上しますが、知行は80石のままで留め置かれることに。

この待遇に不満を感じた高虎は織田信澄の元を退去。この後、1576年(天正4)年に羽柴小一郎長秀が高虎を、それまでの4倍近い300石の知行を提示して召し抱えることになりますので、小一郎は高虎がなぜ信澄と揉めて出ていったのか、経緯をよく知っていたのでしょう。

そして天正四年(一五七六)に、秀長はその高虎を家臣に召し抱えた。所領三〇〇石を与えたという。またそれにともなって、高虎は通称を、与右衛門尉に改称したという。所領三〇〇石は、織田信重から与えられていた八〇石に対して、四倍近い増額である。有力側近家臣の待遇に相応しい所領高といってよい。秀長は、高虎の能力をそのように評価したのだった。そしてこれより、高虎は秀長の有力家臣の一人となっていくのであった。この時、秀長は三七歳、高虎は二一歳で、両者の年齢差は一六歳もあった。こうして秀長と高虎の主従関係が成立した。

黒田 基樹. 羽柴秀長と藤堂高虎 NHK出版新書 (pp. 31-32). (Function). Kindle Edition.

藤堂高虎の年表(木下小一郎長秀に仕えるまで)

結局、藤堂高虎はわずか4年のうち、浅井長政・阿閉貞征・磯野員昌・織田信澄・羽柴小一郎長秀と次々と仕官先を変えていくことになりました。そのことを年表形式にすると以下の通りです。

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西暦(和暦)年齢(満年齢)出来事
1556(弘治2)年0才近江国犬上郡藤堂村で藤堂虎高の次男として生まれる
1570(元亀元)年14才浅井氏に仕える。姉川の戦いで初陣を飾る
1572(元亀3)年16才浅井家を出奔。阿閉貞征に仕官
1573(天正元)年17才阿閉家を出奔。磯野員昌に知行80石で仕える。
1574(天正2)年18才織田信澄が磯野員昌の養子になったことに伴い信澄の家臣に
1575(天正3)年19才80石の知行高に不満を持ち信澄の元を退去
1576(天正4)年20才知行300石で木下小一郎長秀に仕官

なお、大河ドラマ「豊臣兄弟!」のとあらすじとネタバレを1話から最終回まで一気に読みたいという方は、「豊臣兄弟! ネタバレ 吹き出し あらすじ 1話から最終回まで」という記事を参考にしてください。

豊臣兄弟! 20話 キャスト 相関図

豊臣兄弟! 20話 キャスト 相関図

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の20話に登場する人物のキャスト一覧とその相関図です。

豊臣兄弟! 全体のキャスト 相関図

大河ドラマ「豊臣兄弟!」全体のキャスト 相関図については下記の記事が参考になります。

また「豊臣兄弟!」のキャスト 相関図の中でも豊臣家の人たちだけにしぼったものについては下記の記事が参考になります。

豊臣兄弟! 20話 関連記事と参考文献

豊臣兄弟! 20話 関連記事

大河ドラマ「豊臣兄弟!」で佳久創さんが演じる藤堂高虎については下記の記事でも言及しています。

また藤堂高虎以外の豊臣秀長の主だった家臣20名については、下記の記事が参考になるでしょう。

豊臣兄弟! 20話 参考文献

今回の記事は下記の書籍を参考としています。これらの著作の著者のうち、黒田基樹さんと柴裕之さんは大河ドラマ「豊臣兄弟!」で時代考証を担当されています。

NHK出版
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著:黒田 基樹
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