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豊臣兄弟 吉岡里帆 いつから 12話(3月22日)から慶が登場

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吉岡里帆さん演じる慶が小一郎と結婚するまでのお話

吉岡里帆さんが演じる慶(ちか)は12話(3月22日放送予定)から登場

NHKの2026年大河ドラマ「豊臣兄弟!」で慶(ちか)(のちの慈雲院)を演じる吉岡里帆さんが登場するのは、2026年3月22日日曜日に放送が予定されてい12話「小谷城の再会」からです。

慶は12話の最後に「美濃三人衆」の1人で、美濃国にある北方城主・安藤守就(田中哲司)の娘として登場します。

豊臣兄弟!の慶の役柄と小一郎と結婚するまでの流れ

NHK出版が販売している大河ドラマ「豊臣兄弟!」のガイドブック「豊臣兄弟! 前編 (NHK大河ドラマ・ガイド)」は、12話「小谷城の再会」のあらすじで慶(ちか)が登場するシーンをこのように紹介しています。

そんな中、小一郎は信長に呼び出される。岐阜城に赴くと、そこには安藤守就が控えていた。信長は小一郎を見据え、嫁をとれと命じる。小一郎が驚いていると、守就の後ろから美しい女が姿を現した。
「わしの娘、慶(ちか)でござる」
小一郎はしばし慶を見つめた。

八津弘幸 豊臣兄弟! 前編 (NHK大河ドラマ・ガイド) NHK出版 187ページ

織田信長(小栗旬)によって主命で強制的にお見合いをさせられた小一郎(仲野太賀)は、続く13話「疑惑の花嫁」で慶と政略結婚をすると言う流れです。

慶の父親である安藤守就は、ついこないだまで美濃国の戦国大名であった斎藤家の家臣でした。その斎藤家を裏切って新しく仕えることになった織田家に対し、具体的に忠誠の証を立てる必要があります。

そこで安藤守就は、信長のお気に入りの家臣である小一郎に自分の娘である慶を「人質」として差し出したのです。

豊臣兄弟! 慶のモデル・慈雲院はどんな人だったのか

豊臣兄弟!の慶(ちか)は豊臣秀長の正妻・慈雲院がモデル

大河ドラマ「豊臣兄弟!」では豊臣秀長の正室(正妻)にあたる女性を「慶(ちか)」として吉岡里帆さんをキャストし、慶の役柄を以下の通りに設定しています。

小一郎の正妻として生涯をともに歩む 小一郎の正妻。のちの慈雲院(じうんいん)。 激動の時代を生き抜き、やがて兄嫁の寧々とともに豊臣兄弟を支える存在となる。夫の秀長が大和国の統治を任されると、ともに大和郡山城に入り、夫の晩年まで連れ添う。

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新情報 – NHK

慶の役柄として説明されているようように、吉岡里帆さんが演じる慶は、豊臣秀長の正室(正妻)である慈雲院(じうんいん)(生没年不詳)がモデルになっています。

豊臣秀長の正室・慈雲院の名前と出自について

しかし大河ドラマ「豊臣兄弟!」で時代考証を担当されている黒田基樹さんと柴裕之さんの著作を読むと、「豊臣兄弟!」の慶のモデルとなった慈雲院は実名だけでなく出自も不明であることが分かります。

慈雲院は織田家の直臣の娘であると推定されるだけで、具体的に「慶は安藤守就の娘である」という設定はかなり創作の要素が入っているでしょう。

ただ「豊臣兄弟!」は小一郎と慶が結婚する第13話「疑惑の花嫁」の年代は1569(永禄13)年ごろと設定しています。

実在した豊臣秀長と慈雲院の間に生まれた長男・与一郎は1568(永禄12)年ごろに誕生したと推定されていますので、小一郎と慶が結婚する年についてはおおむね史実に沿っているのではないかと考えられます。

慈雲院の年表とその動向について

慈雲院の前半生はほとんど不明です。

しかし豊臣秀長が大和国を統治し始めた1585(天正13)年から、1594(文禄3)年に秀長と慈雲院の養嗣子である豊臣秀保が亡くなるまでの間については、慈雲院の動向は比較的明らかになっています。

その間の慈雲院の動向を年表にすると以下の通りとなります(※の箇所は推定)。慈雲院は「大和大納言家」と言われたいわゆる「秀長ファミリー」の家長代行、さらに秀長死後は実質的な家長の立場にあったことが分かります。

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西暦(和暦)出来事
1566(永禄9)年※秀長と結婚
1568(永禄11)年※長男・与一郎が誕生
1582(天正10)年長男・与一郎が死去
1585(天正13)年9月秀長と共に大和郡山に入部
1586(天正14)年5月秀長の母・天瑞院殿が大和郡山を訪問。共に春日大社・高野山を参詣
1588(天正16)年9月徳川家康・毛利輝元の大和郡山城訪問に伴い進物を贈られる
1589(天正17)年9月秀吉による人質政策の一環として京の聚楽第屋敷に居住
1590年(天正18)年4月秀長の病気看護のために大和郡山に戻る。興福寺に病気回復の祈祷を依頼
1590年(天正18)年5月秀長の母・天瑞院殿とともに春日大社を参詣
1590年(天正18)年9月大和国の各寺社に秀長快復の祈祷を指示し、家臣・横浜良慶横浜一庵)を通じて寺社領を返還
1591年(天正19)年1月養嗣子・秀保秀長の長女との婚姻を交わす
1591年(天正19)年1月22日秀長が死去。秀保が後継
1591年(天正19)年2月秀保・秀保の妻と共に上洛。大徳寺の長老3人の助命を天瑞院殿ともに秀吉に嘆願
1593(文禄2)年秀保と秀長長女の婚儀が執り行われる
1594(文禄3)年秀保が死去。秀長の家系は断絶

「豊臣兄弟!」の慶の役柄を読むと、「夫の秀長が大和国の統治を任されると、ともに大和郡山城に入り、夫の晩年まで連れ添う。」とあります。

この部分については慈雲院の年表と照らし合わせると、実際のおおむね史実に沿った設定であると言えるでしょう。

豊臣兄弟 吉岡里帆 いつから 関連記事と参考文献

豊臣兄弟 吉岡里帆 いつから 関連記事

大河ドラマ「豊臣兄弟!」で吉岡里帆さんが演じる慶が小一郎とお見合いをして政略結婚をすると言うお話のあらすじやネタバレに関しては下記の記事も参考になるでしょう。

また慶のモデルとなった慈雲院については下記の記事でも言及しています。合わせて参考にしてください。

豊臣兄弟 吉岡里帆 いつから 参考文献

今回の記事は下記の書籍を参考としています。これらの著作の著者のうち、黒田基樹さんと柴裕之さんは大河ドラマ「豊臣兄弟!」で時代考証を担当されています。

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