豊臣兄弟! 16話 あらすじ
調略相手の宮部継潤が養子を要求
第15話の姉川の戦いで浅井・朝倉連合軍に勝利した織田信長(小栗旬)。次の戦支度が整い次第、浅井を攻め滅ぼすと意気高らか。そこで信長は藤吉郎(池松壮亮)に対して、浅井家の家臣である宮部継潤(ドンペイ)の調略を命じます。
宮部継潤は小谷城と横山城の間にある宮部城の城主で、宮部継潤を味方につけることができれば小谷城は丸裸も同然です。
百姓の姿に変装した藤吉郎と小一郎(仲野太賀)は宮部継潤のもとに密かに現れ、織田家に味方するよう説得を試みます。継潤は味方になる条件として、藤吉郎の身内の子供を養子に欲しいと要求。
しかし「身内の子供」と言われても藤吉郎にも小一郎にも子供はいません。そこで姉・とも(宮澤エマ)と弥助(上川周作)夫妻の長男で4才の万丸(よろずまる)を差し出そうとしますが、ともが激怒。死んでも万丸を手放さない様子です。
延暦寺攻めを命じられる藤吉郎と明智光秀
その頃、比叡山にある延暦寺に立て籠っていた浅井・朝倉軍と織田軍との間に、将軍・足利義昭(尾上右近)が調停に入り、和睦が成立するらしいという情報が豊臣兄弟にもたらされます。
将軍の仲裁によって織田と浅井・朝倉の対立がなくなる以上、藤吉郎たちは万丸を宮部家へ養子に出す必要はなくなります。
しかし信長は将軍自らの調停であっても納得しません。そして明智光秀(要潤)と藤吉郎の2人を呼び出して延暦寺攻めを命令。延暦寺が降伏勧告に従わないときは女・子供であろうとも容赦なく斬って攻め落とせという凄まじい内容でした。
豊臣兄弟! 16話 ネタバレ
宮部継潤の養子となっていた豊臣秀次
「豊臣兄弟!」の16話で登場する、とも(宮澤エマ)と弥助(上川周作)夫妻の子供である万丸とは、瑞竜院殿日秀尼と三好吉房の長男で、のちに豊臣秀次と呼ばれる人物のことです。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」のガイドブックである「豊臣兄弟! 前編 (NHK大河ドラマ・ガイド)」で16話のあらすじを読む限り、一度は藤吉郎(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)の甥にあたる万丸が宮部継潤(ドンペイ)の養子になることが検討されたものの、取り止めになったところまでしか書かれていません。
しかし史実では1571(元亀2)年ごろから1582(天正10)年6月ごろまで、万丸(または次兵衛)は宮部継潤の養子となっており、元服したのちは「宮部次兵衛尉吉継(みやべじひょうえのじょうよしつぐ)」を名乗っていました。
養子縁組をした理由は16話のあらすじにある通り、宮部継潤が織田家の味方についたとき身の安全を保証してもらうためでしょう。
つまり「豊臣兄弟!」の宮部継潤が「藤吉郎の身内の子供を養子として欲しい」と言っているのは、「身代わりとなる人質を差し出せ」と言っていることと同義なのです。
豊臣秀次は三好康長の養子にも出されていた
ちなみに宮部継潤の養子となっていた宮部次兵衛尉吉継は、1582(天正10)年の半ばから1584(天正14)年ごろまで、阿波の大名である三好康長の養子となり「三好孫七郎信吉(みよしのぶよしまごしちろうのぶよし)」を名乗るようになります。
秀次が宮部家の次に三好家の養子になった理由は、本能寺の変ののちに織田家の重臣となっていた羽柴秀吉が畿内周辺の国々を固めるにあたって、海を挟んで畿内と接する阿波国と友好関係を保つ必要があったからです。
この頃の羽柴秀吉はすでに宮部継潤に気を使う必要はなかったため、豊臣秀次が2回目の養子として出されることになったと考えられています。
なお、大河ドラマ「豊臣兄弟!」のとあらすじとネタバレを1話から最終回まで一気に読みたいという方は、「豊臣兄弟! ネタバレ あらすじ 最終回まで 2026年大河ドラマ」という記事を参考にしてください。
豊臣兄弟! 16話 キャスト 相関図
豊臣兄弟! 16話 キャスト 相関図
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の16話に登場する人物のキャスト一覧とその相関図です。
豊臣兄弟! 全体のキャスト 相関図
大河ドラマ「豊臣兄弟!」全体のキャスト 相関図については下記の記事が参考になります。
また「豊臣兄弟!」のキャスト 相関図の中でも豊臣家の人たちだけにしぼったものについては下記の記事が参考になります。
豊臣兄弟! 16話 関連記事と参考文献
豊臣兄弟! 16話 関連記事
「豊臣兄弟!」で万丸と呼ばれる、のちの豊臣秀次が宮部継潤と三好康長の養子となった詳しい経緯については下記の記事が参考になるでしょう。
豊臣兄弟! 16話 参考文献
今回の記事は下記の書籍を参考としています。これらの著作の著者のうち、黒田基樹さんと柴裕之さんは大河ドラマ「豊臣兄弟!」で時代考証を担当されています。
