大河ドラマ「豊臣兄弟!」の直(白石聖)とは
白石聖さん扮する直(なお)
2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公は、仲野太賀さん扮する「小一郎」こと豊臣秀長(1540~1591年)です。
NHKはその小一郎を慕う幼なじみの女性として、白石聖さん扮する直(なお)と言う女性が登場することを発表しています。
大河ドラマ 豊臣兄弟 直(なお)の役柄
当初、大河ドラマ「豊臣兄弟!」の直は永野芽郁さんがキャストされていました。しかし永野芽郁さんが所属する芸能事務所からの申し出によって出演を辞退することになり、代わりに白石聖さんが務めることになります。
小一郎と藤吉郎の故郷である尾張中村の土豪の娘。小一郎と同い年の幼なじみ。男勝りな性格だが、小一郎のことをひそかに慕っている。乱世に翻弄される悲劇のヒロイン。
演者が代わっても直の登場と役柄が変わらないところを見ると、「豊臣兄弟!」における直と言う女性は、物語全体の鍵を握る重要な人物の1人であると予想されます。
「豊臣兄弟!」の直という名前の女性は実在したのか?
直は小一郎と結婚するの?
NHKが紹介した直の役柄のうち「小一郎のことをひそかに慕っている」と言うところがポイントですね。「直は小一郎と結婚するの?」と言う疑問が思い浮か方べる方もいるでしょう。
ですが豊臣秀長が、現代でいうところの結婚をしたと言える女性の記録は、慶(ちか)こと慈雲院と、秋篠伝左衛門尉の娘である摂取院光秀の2人の女性の記録しか残っていません。
そもそも小一郎と結婚する以前の問題として、「豊臣兄弟!」でいうところの直と言う女性は実在したのでしょうか?
史料から見る直という女性について
結論として、豊臣秀長の幼なじみである直と言う名前の女性はいたかどうかはわかりません。むしろ、直という名前の女性はいなかった可能性の方が高いと考えられます。
なぜなら豊臣秀長が、「信長公記」や本人が発行した文書など、歴史的に価値がある史料に登場するのは、1573(天正元)年から1574(天正2)年ごろのことです。すでに秀長は33才から34才に達していました。
それ以前の年代については、豊臣秀長という人物が存在したことは分かってはいるものの、秀長が具体的に何をしていたかを史料に基づいて説明することはできないからです。
そのため今のところ、史実として「豊臣兄弟!」に登場する直という女性が存在したかどうかは分からないと言えます。
「直のような女性」は実在したかもしれない
直という女性の存在は100%否定できない
ただ現段階では「直のような女性は存在しませんでした」と、100%否定することもできません。「直のような女性」が存在していたかどうかは、「豊臣兄弟!」がどのようなあらすじになるかにかかっているとも言えます。
一体、どういうことでしょうか?
秀長の実子・きくの母親が不明
豊臣秀長には3人の実子がいました。1人は「木下与一郎」と呼ばれた「慶」こと慈雲院との間にできた男子で、1人は名前が不明ではあるものの、摂取院光秀との間にできた「秀保の妻」となった女子です。
そして最後の1人は「駒井日記」の記録から「きく(のちの毛利秀元の妻、大善院殿)」という名前の女の子がいたことも分かっています。
しかし「豊臣秀長 (シリーズ・織豊大名の研究) 」と「羽柴秀吉とその一族」では、きくが豊臣秀長の実子であり、慈雲院の養子となったことが説明されていますが、母親は誰であるのか説明されていません。
このように、きくの母親が誰であるか分からない点に、白石聖さん扮する直という女性が入り込む隙間があるのではないでしょうか。
「直」ときくは親類縁者であったかもしれない設定
ただし豊臣秀長の実の娘であるきくは、1588(天正16)年生まれです。きくは秀長が48才のときに誕生した子どもであり、この3年後に秀長は病気で亡くなります。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」は「直は小一郎の幼なじみ」という設定ですから、直が秀長と結ばれてきくを産んだという話は、歴史の問題以前に、人間の生理現象として無理があるでしょう。
それならば、きくの母は直の親類縁者(例えば娘)という設定にして、「直は小一郎にとって運命の女性であった」という設定にするということも考えられます。
豊臣秀長 直との関係 参考文献
豊臣秀長と、大河ドラマ「豊臣兄弟!」の直にまつわる今回の記事は以下の資料を参考にしています。
- 柴裕之編著「豊臣秀長」戎光祥出版 (2024年)
- 黒田基樹「羽柴秀吉とその一族」角川選書(2025年)
「豊臣秀長」の柴裕之さんと、「羽柴秀吉とその一族」の黒田基樹さんは、大河ドラマ「豊臣兄弟!」の時代考証を担当されています。