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豊臣兄弟!31話あらすじ|これで、お別れにございます お市が秀吉と小一郎の新たな敵に

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豊臣兄弟!31話「これで、お別れにございます」のあらすじを解説。

31話では「信孝VS秀吉」で始まる政治対立が、実は「お市・勝家・信孝VS秀吉」という政治対立であることが明らかになります。

両陣営の政治対立は、次回の32話「賤ヶ岳の決闘」以降で描かれる大きな戦さへと、どのようにつながるかが見どころでしょう。

▼31話「これで、お別れにございます」(2026年8月9日放送予定)のポイント

・お市が秀吉の野心を警戒
・秀吉と小一郎は織田家の中で孤立
・「お市・勝家・信孝VS秀吉・小一郎」の対立が明らかに

▼来週(最新話)・今週・先週のあらすじ
第32話|賤ヶ岳の決闘(準備中)
第31話|(本記事)
第30話|清須会議

豊臣兄弟!最終回までの全話ネタバレまとめ
豊臣兄弟!全話あらすじ一覧と結末の流れ

目次

豊臣兄弟!31話の結論

・「清須会議」ののちお市が秀吉の野心を警戒
・秀吉と小一郎は織田家の中で孤立
・「お市・勝家・信孝VS秀吉・小一郎」の対立構造が明らかに
・秀吉を嫌っていたはずの丹羽長秀が「秀吉派」へ

清須会議とは?何が決められたのか?
お市はなぜ柴田勝家と結婚したのか?
柴田勝家とは?
織田信孝とは誰?
丹羽長秀とは?

豊臣兄弟!31話のあらすじ

お市は信孝よりも秀吉の野心を警戒

「清須会議」の結果、織田信孝(結木滉星)は三法師の名代(後見人)に選ばれなかったにも関わらず、その身柄を自分の居城である岐阜城で引き取ることに。

信孝の行動を危険視した羽柴秀吉(池松壮亮)は、柴田勝家(山口馬木也)から信孝を諌めてもらうために、勝家のもとに嫁いだお市(宮崎あおい)に書状を送ります。

ところがお市は、秀吉こそ織田家乗っ取りの野心があると考えており、秀吉の依頼を黙殺。

織田信孝とは誰?
お市はなぜ柴田勝家と結婚したのか?

秀吉は織田家の中で孤立状態に

信孝が三法師の身柄を岐阜城で預かる口実は、「火災で焼け落ちた安土城を修復するまでの間預かる」というものです。

そのため小一郎(仲野太賀)は、安土城の修復を担当している丹羽長秀(池田鉄洋)に工事を急いでもらうよう依頼。

ところが丹羽長秀は、頼みを聞き入れるどころか、小一郎を追い返すことに。丹羽長秀も秀吉の勝手な振る舞いに嫌気がさしていたからです。

さらに小一郎は前田利家(大東駿介)からも怒鳴られて、秀吉は織田家の中で完全に孤立していることを悟ります。

丹羽長秀とは?
→ 前田利家は賤ヶ岳の戦いでなぜ柴田勝家を裏切ったのか?(準備中)

「本当の敵」はお市だった

そこで秀吉は家中での求心力を高めるため、京・大徳寺で信長の葬儀を挙行することを計画。

織田家の諸将に対して葬儀の案内状を送りますが、柴田勝家・丹羽長秀・池田恒興らをはじめとして一斉に欠席の連絡が。

実はお市を喪主とする信長の葬儀が、すでに京・妙心寺で営まれており、その席に秀吉は招待されていなかったのです。

そこで初めて秀吉と小一郎は、自分たち本当の敵とは、信孝や勝家ではなく、お市であることに気づくのでした。

→ 豊臣兄弟! 32話「賤ヶ岳の決闘」あらすじへ(準備中)

豊臣兄弟! 31話 重要ポイント

本当の対立構造は「お市・信孝・勝家VS秀吉・小一郎」

「清須会議」での決定にも関わらず、31話「これで、お別れにございます」では織田信孝と羽柴秀吉の野心が露わになり、両者の抗争が次第に隠せなくなってきました。

そんな2人の抗争を最も冷静に見極めていた人物は、信長の妹で柴田勝家に嫁いだお市です。

史実においては「清須会議」のちの織田家は「信孝・勝家VS秀吉」という政治的抗争が激化。一方、「豊臣兄弟!」では「お市・信孝・勝家VS秀吉・小一郎」という対立構造になっています。

お市はなぜ柴田勝家と結婚したのか?

丹羽長秀はなぜ秀吉に味方するようになったのか?

「豊臣兄弟!」の丹羽長秀も、お市と同じく、秀吉のわがままな振る舞いを苦々しく思っている人物の一人です。

ところが、大河ドラマ「豊臣兄弟!」の公式ガイドブックに掲載されている31話のあらすじを読むと、最後の場面で丹羽長秀は秀吉に味方することを決意したとあります。

なぜ丹羽長秀は秀吉の味方につくことを決めたのでしょうか?

丹羽長秀とはどんな人物だったのか?

丹羽長秀の三男・千丸は豊臣秀長の2番目の後継者だった

史実において羽柴小一郎長秀(のちの豊臣秀長)は、1582(天正10)年に丹羽長秀の三男・千丸(せんまる。仙丸とも書く)を養子(養嗣子)に迎えています。

同じ年に羽柴小一郎長秀は、嫡男であった羽柴与一郎を亡くしていたため、「小一郎の後継者」という政治的地位は一時空白になっていました。

もっとも小一郎が千丸を養子に迎えた正確な月日までは分かっていません。

ひょっとすると、31話において小一郎は丹羽長秀の三男・千丸を自分の後継者として養子に迎えたことをきっかけに、羽柴家と丹羽家の誼みを通じるのかもしれません。

そうなれば、31話はあらすじにも書かれていない、驚きの展開が繰り広げられることが期待されます。

羽柴与一郎の死因とは?
豊臣秀長の2番目の後継者・千丸とは?
豊臣秀長の子供たちと後継者問題 与一郎・千丸・豊臣秀保

豊臣兄弟!31話の背景となる史実

歴史的状況

1582(天正10)年6月27日に開催された「清須会議」の結果、織田家の運営は、4人の重臣たち(羽柴秀吉・柴田勝家・丹羽長秀・池田恒興)による集団指導体制によってなされることとなりました。

ところがこうした決定に対して最も不満を抱いた人物が、信長の三男・織田信孝です。

信孝は名代に選ばれなかったにも関わらず、「清須会議」が終わったのち勝手に三法師の身柄を預かり、「事実上の名代」として振る舞い始めました。

清須会議とは?何が決められたのか?
織田信孝とは誰?

豊臣兄弟の立場

信孝の行動に「野心あり」と見た秀吉は、新たな領国となった山城に山崎城を築き、岐阜城にいる信孝の動きを牽制。

こうした両者の争いを越前の北庄城から見ていた柴田勝家は、次第に信孝に加担。

日を追うごとに信孝・勝家と秀吉の仲が険悪となる中、1582(天正10)年9月11日に信長の妹・お市の主催で京・妙心寺において信長の百日忌法要が営まれます。

お市はすでに柴田勝家と結婚しており、信長の法要は織田家の正統性は「信孝・勝家」の側にあるとアピールすることになったと考えられます。

一方、秀吉は同年10月25日にもとは信長の五男で、すでに自分の養嗣子になってい羽柴秀勝を喪主として、信長の葬儀を京・大徳寺で強行。

こうして、信長の死に関する法事を通じて織田家は家中の結束が固まるどころか、ますます内部分裂する方向に走っていきました。

羽柴秀勝とは誰? 信長の五男で秀吉の養嗣子
信長の葬儀は2回行われた? 織田信長死後の織田家

今後の影響

秀吉は信長の葬儀を通じて、織田家における自分の正統性をアピール。

さらに1582(天正10)10月28日には、丹羽長秀・池田恒興と語らって「清須会議」の決定事項を骨抜きにする政治的クーデターまで決行しました。

三法師を当主としたにも関わらず、信長の次男である織田信雄を実質的な当主にするという重大な決定を、3人の重臣だけで下したのです。

この決定により、「信孝・勝家VS信雄・秀吉」の対立構造が鮮明となり、両者の対立は賤ヶ岳の戦いに代表される軍事的衝突へと発展するのでした。

織田信雄とは誰?
柴田勝家とは?
→ 賤ヶ岳の戦いとは? 戦局と戦闘の推移を解説(準備中)

豊臣兄弟! 31話の注目人物

31話「これで、お別れにございます」の注目人物は三法師・織田信雄・織田信孝・柴田勝家・丹羽長秀・羽柴秀勝・お市です。

三法師: 織田家の新しい当主

三法師は本能寺の変で亡くなった織田信長の嫡孫で、織田信忠の嫡男で、「清須会議」で決まった織田家の新しい当主です。

三法師とは誰?

織田信雄: 三法師の次の実質的な織田家当主

織田信雄は信長の次男で、秀吉が主導した政治的クーデターにより、実質的な織田家の当主となります。

織田信雄とは誰?

織田信孝: 三法師の身柄を岐阜城で預かる

織田信孝は信長の三男で、清須会議ののち秀吉と激しく政治勢力を争うことになります。

織田信孝とは誰?

柴田勝家: 信孝に味方

信長の妹・お市と結婚し、次第に織田信孝に味方するようになります。

柴田勝家とは?

丹羽長秀: 秀吉に味方

清須会議ののち、次第に羽柴秀吉に味方するようになります。

丹羽長秀とは?

羽柴秀勝: 信長葬儀の喪主

清須会議ののち、京・大徳寺で営まれた信長の葬儀の喪主です。もとは信長の五男で秀吉の養子(養嗣子)となりました。

羽柴秀勝とは? 信長の五男で秀吉の養子

お市: 柴田勝家と結婚

「清須会議」の結果、柴田勝家と織田家のつながり強化するため、信長の妹・お市は柴田勝家と結婚することになります。

お市はなぜ柴田勝家と結婚したのか?

豊臣兄弟! 31話の歴史的事件

31話「これで、お別れにございます」に関わる歴史的事件は、清須会議と賤ヶ岳の戦いです。

清須会議

1582(天正10)年6月27日に尾張国清須城において、信長亡き後の織田家の運営体制を決める「清須会議」が開催されました。

会議の議題や決定事項、その後の体制については下記の記事で詳しく解説しています。

清須会議で決められたこととその後の体制

賤ヶ岳の戦い

清須会議で決められた織田家の運営体制は、織田信孝・柴田勝家と羽柴秀吉による勢力争いの末、1582(天正10)年10月28日に秀吉が主導した政治的クーデターにより崩壊。

以降、両者は伊勢・近江・美濃の各地で軍事衝突を繰り返すようになり、1583(天正11)年4月20日から21日にかけて行われた賤ヶ岳の戦いにつながることになります。

→ 賤ヶ岳の戦いとは?戦局と戦闘の推移を解説(準備中)

よくある質問(FAQ)

Q. 「豊臣兄弟! エピソード31」とは?

A. 「豊臣兄弟! エピソード31」とは、第31話のことです。

Google検索や配信サービスでは「エピソード31」と表記されることがあります。

Q. 豊臣兄弟!31話では何が描かれる?

A. 清須会議の後に表面化した、羽柴秀吉と織田信孝の政治対立が描かれます。

しかし「豊臣兄弟!」では単なる信孝VS秀吉ではなく、お市・柴田勝家・信孝と、秀吉・小一郎らの対立構造が描かれる見込みです。

また信長の葬儀や三法師の扱いを巡る駆け引きも重要な見どころとなるでしょう。

Q. 豊臣兄弟!31話は史実ではいつ頃?

A. 1582(天正10)年7月から10月ごろの出来事がモデルです。

清須会議後の織田家内部の対立、妙心寺でのお市主催の法要、大徳寺での秀吉主催の信長葬儀などが描かれると考えられます。

Q. 豊臣兄弟!31話の見どころは何ですか?

A. 最大の見どころは、お市が秀吉の野心を見抜いている点です。

信孝や柴田勝家との対立以上に、「お市VS秀吉」という構図が鮮明になり、後の賤ヶ岳の戦いにつながる政治抗争の始まりが描かれます。

また丹羽長秀が最終的にどちらの陣営に与するのかも注目ポイントです。

Q. なぜお市は秀吉を警戒したのですか?

A. 「豊臣兄弟!」では、お市は秀吉が織田家の実権を握ろうとしていることを早い段階で見抜いている人物として描かれています。

そのため信孝の行動よりも、むしろ秀吉の政治的な野心を危険視していたと考えられます。

Q. 31話はなぜ賤ヶ岳の戦いにつながるのですか?

A. 31話では信孝・勝家と秀吉の対立が決定的になります。

その後、秀吉が織田信雄を実質的な当主として擁立する政治的クーデターを実行したことで両陣営の対立は軍事衝突へ発展し、1583(天正11)年の賤ヶ岳の戦いへつながっていきます。

豊臣兄弟!ネタバレ最終回と全話あらすじ

豊臣兄弟!あらすじ全話まとめ

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の最新話から1話までのあらすじ・ネタバレ・月別の流れを整理したい方は、下記の記事を参考にしてください。

豊臣兄弟!あらすじ全話まとめ|最新話までの流れを簡単解説

豊臣兄弟!最終回までのネタバレ

「豊臣兄弟!」の最終回までの流れや、本能寺の変・山崎の戦い・賤ヶ岳の戦いなど今後の展開については、下記の記事で詳しく解説しています。

豊臣兄弟!ネタバレ最終回まとめ|本能寺の変から豊臣秀吉の天下統一まで解説

参考文献

今回の記事は以下の書籍を参考文献としています。

著:八津 弘幸, 編集:NHK出版, 監修:NHKドラマ制作班
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