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寧々 誰の子 杉原道松・朝日殿の実子 浅野長勝・七曲殿の養子

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豊臣兄弟! 寧々(浜辺美波)は誰の子だったのか?

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の寧々役は浜辺美波さん

2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」で浜辺美波さんが演じる寧々(1549~1624年)とは豊臣秀吉の正室で、のちに北政所や高台院とも呼ばれた女性です。

大坂夏の陣(1615年)で滅亡した豊臣家滅亡後もなお、豊臣秀吉や一族の菩提を弔い続けたことでも有名です。ではその寧々は誰の子だったのでしょうか?

寧々は誰の子

寧々はもともとは杉原道松(どうしょう)・朝日殿夫妻の実子であり、のちに浅野長勝・七曲殿夫妻の養子となっています。つまり寧々には父母と呼べる人物はそれぞれ2人ずついたことになります。

1565(永禄8)年8月に木下藤吉郎秀吉と結婚した際には、寧々は浅野家の娘という立場で嫁ぎました。

寧々の両親(実家)

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名前生年と死没年説明
杉原道松
(すぎはらどうしょう)
?~1593年杉原家の婿。ねね(寧々)の実父
朝日殿
(あさひどの)
?~1598年杉原道松の妻。ねね(寧々)の実母

寧々の両親(養家)

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名前生年と死没年説明
浅野長勝
(あさのながかつ)
?~1568年七曲殿の夫。ねね(寧々)の養父
七曲殿
(ななまがりどの)
?~1603年浅野長勝の妻。ねね(寧々)の養母。「ふく」という実名を持つ

寧々の家系図

寧々を中心とした家系図を描くと以下の通りとなります。大河ドラマ「豊臣兄弟!」で増井湖々さんが演じるやや(屋々)も、杉原道松・朝日殿夫妻の実子であり、のちに浅野長勝・七曲殿夫妻の養子となったと考えられています。

寧々の実の父母

杉原道松: 寧々の実父

杉原道松は寧々の実の父です。「道松」という名は法名で、正確には「杉原助左衛門尉道松」という名前しかわかっていません。

大河ドラマ「豊臣兄弟!」で時代考証を担当されている黒田基樹さんの著書「羽柴秀吉とその一族」では、最も古い系図史料である「寛永諸家系図伝」では法名の「道松」しか記されていないことから、寧々の父の名前は「杉原定利」は後世に作られた名前であると指摘されています。

また杉原道松の出自は分かっていませんが、尾張国朝日村に居住していた杉原家に婿養子として迎えられたと考えられています。

朝日殿: 寧々の実母

朝日殿は尾張国朝日村に居住していた杉原家の娘として、婿入りした杉原道松と結婚し、寧々を出産します。杉原道松よりは長生きしたと考えられ、「広徳寺殿松屋妙貞大姉」という法名が伝わっています。

寧々の養父母

浅野長勝: 寧々の養父

大河ドラマ「豊臣兄弟!」では宮川一朗太さんが浅野長勝を演じています浅野長勝とは豊臣秀吉の正室(正妻)である寧々(浜辺美波)の養父です。

長勝とその妻・七曲殿の間には実子がなかったため、杉原道松・朝日殿夫妻から寧々を養女として引き取り、1565(永禄8)年8月に木下藤吉郎秀吉(のちの豊臣秀吉)に嫁がせています。

七曲殿: 寧々の養母

大河ドラマ「豊臣兄弟!」で森口瑤子さんが寧々の母・ふくとしてキャストされています。

このふくという女性が、織田信長の馬廻りで弓衆をしている浅野長勝の妻で、「七曲殿(ななまがりどの)」という号を持っていた女性に相当します。

尾張国の清須城の城下には「七曲」という地名があり、そこに浅野長勝・ふく夫妻が住んでいたことから「七曲殿」という号を持つようになったと考えられています。

寧々 誰の子 関連記事と参考文献

寧々 誰の子 関連記事

寧々の家系図や子供については下記の記事が参考になるでしょう。

また寧々の養父母である浅野長勝と七曲殿(「豊臣兄弟!」のふく)については以下の記事でも詳しく紹介しています。

寧々 誰の子 参考文献

今回の記事は下記の書籍を参考としています。これらの著作の著者のうち、黒田基樹さんと柴裕之さんは大河ドラマ「豊臣兄弟!」で時代考証を担当されています。

NHK出版
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著:黒田 基樹
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