豊臣兄弟!の竹中半兵衛
豊臣兄弟!の竹中半兵衛とは
NHKの2026年大河ドラマ「豊臣兄弟!」の竹中半兵衛(たけなかはんべえ)(1544~1579年)(または竹中重治)とは、美濃国の大名である斎藤龍興(濱田龍臣)に仕える天才軍略家で、菩提山寺城の城主です。
1567(永禄11)年に稲葉山城が織田信長(小栗旬)に落とされた際に斎藤龍興が美濃から逃亡したため、竹中半兵衛は仕えるべき主君を失い、織田家に味方するようになります。
豊臣兄弟! 竹中半兵衛役のキャストは菅田将暉さん
2026年1月7日、NHKは竹中半兵衛役に菅田将暉さんをキャストとして起用したことを発表しました。
大河ドラマ【豊臣兄弟!】
— 大河ドラマ「豊臣兄弟!」2026年1月4日放送開始 (@nhk_toyotomi) January 7, 2026
《 新キャスト発表 》
戦国時代を代表する名軍師
美濃の斎藤龍興に仕えていたが、のちに秀吉の参謀となる#竹中半兵衛(たけなか はんべえ) / #菅田将暉
菅田さんからのコメントはこちら
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菅田将暉さん プロフィール
1993年生まれ、大阪府出身。NHK大河ドラマでは2017年の『おんな城主 直虎』、2022年の『鎌倉殿の13人』に出演。
豊臣兄弟! 竹中半兵衛の役柄
織田信長よりも先に稲葉山城を落城させていた竹中半兵衛
「豊臣兄弟!」に登場する竹中半兵衛は主君・斎藤龍興からひどく疎まれている存在です。
「三年前、あやつがわしに何をしたかは覚えておろう。本来なら切腹のところを、おぬしに免じて、改易、蟄居で済ませてやったのじゃ。が、それもここまでじゃ…竹中半兵衛を殺せ」
それもそのはずで1567(永禄11)年に稲葉山城が織田信長(小栗旬)によって落とされる3年前の1564(永禄8)年に、竹中半兵衛は舅で「美濃三人衆」の一人と言われていた安藤守就(田中哲司)と謀り、稲葉山城を奪取したことがあるからです。
竹中半兵衛と安藤守就が稲葉山城を乗っ取った目的は、城を龍興から奪い取ることではなく、日頃の行いを戒めるため。
しかし美濃国の国主としてメンツを潰された龍興は、「乗っ取り劇」を主導した半兵衛に対して恨みを抱くようになるのでした。
竹中半兵衛の稲葉山城奪取は「美濃国古領侍伝」のエピソード
豊臣秀吉研究の第一人者である國學院大学名誉教授の故・桑田忠親さんの著作「豊臣秀吉研究 上」によると、「美濃国古領侍伝」 に掲載されているエピソードを引き合いに出して、この「落城劇」を説明しています。
引用した文章中にある「竹中重治」という人物が、「豊臣兄弟!」の竹中半兵衛に相当します。
永禄七年落城説の起こりは、『美濃国古領侍伝』などによれば、斎藤龍興の悪政を歎いた斎藤家の重臣竹中重治が、永禄七年、謀略をもって、稲葉山城を奪取し、城主龍興を追い出した。そうして、それを知った信長が、稲葉山城を譲渡すれば、美濃半国を重治に与えようと言ってきたが、これを拒絶し、美濃の国が平穏になるのを見計らい、一年後に龍興を呼び戻し、城を返し、重治は出家した、というのである。
桑田 忠親. 豊臣秀吉研究 上 角川選書クラシック (p. 163). (Function). Kindle Edition.
「美濃国古領侍伝」によると「城を返し、重治は出家した」とあります。
「豊臣兄弟!」の竹中半兵衛は出家の身で登場するわけではありません。しかし菩提山城の近くにある質素な庵で隠棲生活をしており、逸話をほぼそのまま忠実に再現した状態で姿を現すことになるでしょう。
豊臣兄弟! 竹中半兵衛 関連記事と参考文献
豊臣兄弟! 竹中半兵衛 関連記事
より正確にいうと「豊臣兄弟!」の竹中半兵衛は8話から登場します。8話では姿を隠したような状態でこっそりと登場し、9話で大きくクローズアップされます。
のちに竹中半兵衛は織田信長が浅井・朝倉と対立したときの戦で活躍。「金ヶ崎の退き口」では藤吉郎(池松壮亮)に撤退路を提案したり、「姉川の戦い」では小谷城を守る支城を調略し戦いの前に寝返らせたのも竹中半兵衛の活躍によるものです。
その「金ヶ崎の退き口」は14話で、「姉川の戦い」は15話で描かれます。
豊臣兄弟! 竹中半兵衛 参考文献
今回の記事は以下の書籍を参考文献としています。
