豊臣兄弟! 18話 あらすじ
豊臣兄弟! 18話 あらすじ その1
豊臣兄弟! 18話 あらすじ その2
豊臣兄弟! 18話 吹き出し
豊臣兄弟! 18話 ネタバレ
小一郎が初めて史料に登場: 近江国伊香郡黒田郷の百姓宛ての書状にて
前回のお話である第17話「小谷落城」において、浅井長政が小谷城で自刃をしたのは1573(天正元)年9月1日の出来事です。
しかし、それ以前からすでに羽柴藤吉郎秀吉や木下小一郎長秀(のちの豊臣秀長)による北近江3郡(浅井郡・坂田郡・伊香郡)における戦後処理が始まっていました。
兄・秀吉は、浅井長政が自害することに先立つ同年8月11日、織田・浅井両軍の戦闘行為に巻き込まれることを恐れ、村々を逐われていた住民らに帰還することを促進。自らの軍勢に所属する足軽などの下級兵士が乱妨狼藉に至った場合、その取り締まりをすることを保証していました。
さらにその秀吉の政策を実現するために、弟・小一郎長秀は近江国伊香郡黒田郷(現在の滋賀県長浜市木之本町)の百姓たちに宛てて、次の書状を発給していたことが分かっています。
黒田の百姓衆、何れも還住せしむるうえは、乱妨狼藉の儀、ある間敷候、もし違乱の族これあらば、急ぎ注進申し越すべく候、謹言、
木下小一郎
八月十六日 長秀(花押)
黒田の郷 惣百姓中柴 裕之. 羽柴秀長 秀吉の天下を支えた弟 (角川選書) (p. 54). (Function). Kindle Edition.
【現代語訳】
黒田の百姓たちは、いずれも元の土地に帰り住まわせるのであるから、乱暴や略奪などの行為があってはならない。もし法を乱す者があれば、すぐに報告するようにしなさい。以上、謹んで申し渡す。
八月十六日
木下小一郎長秀(花押)
黒田郷の百姓たちへ
この小一郎長秀による書状の日付は「八月十六日」と書かれているだけで「天正○年」や「元亀○年」などの年代は書かれていません。
しかし、この書状は浅井家滅亡後を見据えた秀吉の政策に合わせて出されたことはほぼ確実でしょう。そのことを踏まえると書状の正確な日付とは「1573(天正元)年8月16日」ということになります。
小一郎長秀本人は黒田郷の百姓たちに宛てた書状において正確な年月日を記していません。しかし、1573(天正元)年8月16日に近江国伊香郡黒田郷の百姓たちに発給された書状をもって、豊臣秀長が初めて日本史の史料に登場したと考えられています。
兄・藤吉郎秀吉は「羽柴」を弟・小一郎長秀は「木下」の苗字を名乗る
ところで、黒田郷の百姓たちに宛てた書状によって、当時の小一郎長秀は「木下」という苗字を名乗っていたことになります。その一方、兄・秀吉は1573(天正元)年以前から、「羽柴」という苗字を名乗っていたと考えられています。
また通説では丹羽長秀の「羽」という字と柴田勝家の「柴」という字を合わせて、「羽柴」という苗字が出来上がったと語られることがあります。
しかし秀吉が「羽柴」と名乗り始めた頃、つまり1573(天正元)年ごろに秀吉本人が発給した書状を見ると、改姓をした時期には、丹羽長秀や柴田勝家に対して些細なことで気を遣う必要のないほどの地位に上り詰めていたと考えられています。
まず、改姓については、俗に、織田家の重臣たる丹羽の羽と柴田の柴とを採って、羽柴と称したというが、そうとすれば、少くとも元亀以前の事でなければ、話が合わぬ。なんとなれば、天正元年八月当時の秀吉の地位をもってすれば、今さら、そのような卑屈な手段を弄する必要が認められないからである。然るに、信長の侍臣太田牛一の『信長公記』の元亀三年九月十六日の条に、「虎御前山は羽柴藤吉郎定番として入被レ置」とあり、これまた、追筆と見られる。そして、『菅浦文書』(天正元年)の七月八日付樋口直房書状の宛書きに「木下藤吉郎殿」とあり、『小早川文書』の(天正元年)九月七日付小早川左衛門佐宛秀吉・武井夕庵連署状に「羽柴藤吉郎」と署しているから、改姓は、この間のことと思われる。
桑田 忠親. 豊臣秀吉研究 上 角川選書クラシックス (pp. 192-193). (Function). Kindle Edition.
ただし大河ドラマ「豊臣兄弟!」で時代考証を担当されている柴裕之さんの著作「羽柴秀長 秀吉の天下を支えた弟」によると、1573年の時点では「羽柴」を名乗っていたの秀吉一人にとどまっていたと指摘。
実際、本人が発給した書状などから小一郎長秀も「羽柴」の苗字を使うようになるのは、1580(天正8)年ごろからです。このときの豊臣兄弟は織田信長の命を受けて「中国征伐」と言われる毛利攻めを行なっていた時期でした。
具体的には秀吉は播磨国の姫路城を根拠地として山陽道方面を、別働隊の小一郎長秀は但馬国の竹田城を根拠地として山陰道方面の戦線を、それぞれ担当。
「羽柴」の威光が山陽地方だけでなく、山陰地方にも轟くよう秀吉だけでなく、小一郎長秀にも「羽柴」の苗字を名乗らせるようにしたのではないでしょうか。
なお、大河ドラマ「豊臣兄弟!」のとあらすじとネタバレを1話から最終回まで一気に読みたいという方は、「豊臣兄弟! ネタバレ 吹き出し あらすじ 1話から最終回まで」という記事を参考にしてください。
豊臣兄弟! 18話 キャスト 相関図
豊臣兄弟! 18話 キャスト 相関図
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の18話に登場する人物のキャスト一覧とその相関図です。
豊臣兄弟! 全体のキャスト 相関図
大河ドラマ「豊臣兄弟!」全体のキャスト 相関図については下記の記事が参考になります。
また「豊臣兄弟!」のキャスト 相関図の中でも豊臣家の人たちだけにしぼったものについては下記の記事が参考になります。
豊臣兄弟! 18話 関連記事と参考文献
豊臣兄弟! 18話 関連記事
1573(天正元)年以降、豊臣秀長の動向を史料でもって説明することができるようになります。その豊臣秀長の年表や、秀長の名前の変遷については下記の記事が参考になるでしょう。
豊臣兄弟! 18話 参考文献
今回の記事は下記の書籍を参考としています。これらの著作の著者のうち、黒田基樹さんと柴裕之さんは大河ドラマ「豊臣兄弟!」で時代考証を担当されています。
