豊臣兄弟! 10話 あらすじ
明智光秀が足利義昭からの使者として登場
1567(永禄10)年、美濃国から斎藤龍興(濱田龍臣)を追い出した織田信長(小栗旬)は稲葉山城に入城し、「稲葉山」という地名を「岐阜」に改称。そんなとき足利義昭(尾上右近)の使者・明智光秀(要潤)が信長に現れます。
光秀は義昭を奉じて京に上洛してほしいと信長に要請。信長は義昭とともに上洛することを約束しますが、岐阜から京に入るためには、北近江の浅井家と南近江の六角家の領地を通る必要があります。
これらのうち北近江の通過に関しては心配ありません。なぜなら信長は妹のお市(宮﨑あおい)を当主・浅井長政(中島歩)に嫁がせることで、織田家と浅井家が同盟することを決めていたからです。
織田信長が上洛し義昭は将軍に就任するが…
1567(永禄11)年、信長は徳川家康(松下洸平)とともに上洛作戦を開始。
6万もの大軍を擁する織田・徳川軍は、信長の上洛に抵抗をしていた南近江の六角義賢(ろっかくよしかた)を数日で打ち破ると、摂津芥川城の戦いでも「三好三人衆」と言われた三好長逸(みよしながやす)・三好宗渭(みよしそうい)・岩成友通(いわなりともみち)らを撃破。
信長はついに上洛を果たし、義昭は朝廷より室町幕府第十五代征夷大将軍に任じられることに。義昭は信長へのお礼として副将軍に任じようとしますが、信長はこれを固辞。
信長が心の底から従っているように見えない足利義昭は、早くも一抹の不安を覚えるのでした。
豊臣兄弟! 10話 ネタバレ
南近江の六角攻めにおいて寧々の父(養父)・浅野長勝が戦死
「豊臣兄弟!」の第10話では1568(永禄11)年9月に織田信長(小栗旬)が足利義昭(尾上右近)を奉じて京に上洛する話が描かれます。
この上洛に際して実在の織田信長は「観音寺城の戦い」で南近江の大名である六角義賢・義治親子をわずか数日で打ち破りました。
しかし観音寺城の支城にあたる近江国の箕作城(みつくりじょう)攻めにおいて、寧々(浜辺美波)の父(養父)にあたる浅野長勝(宮川一朗太)が同年9月11日に戦死しています。
信長による「銭のバラマキ」は蓄財家の小一郎にはどう映るか?
第10話の最後では小一郎(仲野太賀)と藤吉郎(池松壮亮)の豊臣兄弟が、信長から京の町衆への祝儀として銭をばらまく場面が描かれます。
実在した豊臣秀長は、その葬儀において引導を渡されているときに、臨済宗の僧侶・古渓宗陳(こけいそうちん)から「陶朱・倚頓の富を咲倒す」と言われたほどの人です。
「陶朱(とうしゅ)」・「倚頓(いとん)」とは古代中国の蓄財家のことで、つまり古渓宗陳は「豊臣秀長は陶朱と倚頓よりも蓄財をしていた」とわざわざ後世に伝えているのです。
実際、1591(天正19)年1月21日に豊臣秀長が大和郡山城で病死した際には、城内には金は5万6,000枚、銀と銭に至っては直ちに数えられないほどぎっしり蓄えられていたと言われています。
蓄財やお金に関するエピソードに事欠かない豊臣秀長ですが、「豊臣兄弟!」の10話に登場する小一郎の目には、信長から命じられて行った「銭のバラマキ」はどう映るのか非常に興味深いところです。
なお、大河ドラマ「豊臣兄弟!」のとあらすじとネタバレを1話から最終回まで一気に読みたいという方は、「豊臣兄弟! ネタバレ あらすじ 最終回まで 2026年大河ドラマ」という記事を参考にしてください。
豊臣兄弟! 10話 キャスト 相関図
豊臣兄弟! 10話 キャスト 相関図
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の10話に登場する人物のキャスト一覧とその相関図です。
豊臣兄弟! 全体のキャスト 相関図
大河ドラマ「豊臣兄弟!」全体のキャスト 相関図については下記の記事が参考になります。
また「豊臣兄弟!」のキャスト 相関図の中でも豊臣家の人たちだけにしぼったものについては下記の記事が参考になります。
豊臣兄弟! 10話 関連記事と参考文献
豊臣兄弟! 10話 関連記事
寧々の父(養父)で藤吉郎にとっては義理の父にあたる浅野長勝については、以下の記事で言及しています。
また豊臣秀長が蓄財家であったなど、秀長とお金にまつわるエピソードは以下の記事でも詳しく紹介しています。
豊臣兄弟! 10話 参考文献
今回の記事は下記の書籍を参考としています。これらの著作の著者のうち、黒田基樹さんと柴裕之さんは大河ドラマ「豊臣兄弟!」で時代考証を担当されています。
